とれっくるかつらぎ(葛城市) (1)

2013年3月30日(土)



一昨年秋の開催以来、長らくホームページ上で「次回企画を乞うご期待」となっていた、葛城市の「とれっくるかつらぎ」が、ついに始まった。前回はスタンプラリーだったのに、今回クイズラリーになってしまったのは残念だが、田園地帯や山間部ではスタンプの置き場が難しいのだろう。



今回の「とれっくるかつらぎ」は、徒歩推奨・自転車推奨が各3コースずつ。それぞれに3つクイズポイントがあるので、計18のクイズが葛城市内に設定されていることになる。同じ道が複数コースで使用されているので、何日も掛けるのは億劫だ。2日に分けて、全クイズポイントを制覇することにしよう。今日は葛城市北部(旧當麻町)を、くるっと歩き回ろう。



当麻寺駅を出発して、「二上山登山コース」を行く。駅から数分で、最初のクイズポイント「葛城市相撲館」に到着。館内には本格的な土俵もあり、桟敷席まで設けられている。この地は相撲発祥の地ということだが、相撲神社がある桜井市も、やはり相撲発祥の地と称している。


第2のクイズポイント「當麻寺」。桜が満開だ。一晩で「当麻曼荼羅」を織りあげたなどの伝説が残る中将姫ゆかりの寺だ。中将姫といえば、葛城市のマスコット「蓮花ちゃん」のモデルになった天平時代の姫。継母に苛められる哀しいお話が伝わる。そういえば、JR和歌山線の橋本市隅田駅のあたりも中将姫伝説があるようで、駅には可愛いイラストが描かれていた。



ここでのクイズは、本堂の石段は何段か?というものなんだけど、本堂の階段って、正面だけでなくて、横手や裏手にもあって、それぞれ段数が違うんですけど・・・。なんて、あら捜しをしても仕方ないので、ここは素直に本堂正面の石段の段数を答えておくことにしよう。



「農林漁業体験実習館」の看板があるが、全然、農林漁業なんてしていない施設を発見。立派な屋内ゲートボール場になっていて、年配の方が集まっておられる。話を聞くと、「以前は、アーモンドなんかを作ってたんだけどねぇ・・・」とのこと。「でも、ゲートボールには絶好の施設ですね」と言うと、「ゲートボールじゃなくてグラウンドゴルフ!」とのこと。いまいち違いが判らない・・・。



主柱が一本という「傘堂」。その先にある、當麻山口神社が第3クイズポイント。40分余りで、「二上山登山コース」のクイズは終了。肝心の二上山の山頂にはクイズポイントが無いのだ。スタンプラリーならまだしも、クイズラリーなんだから、山頂にもクイズが欲しいものだ。



クイズラリー的には必要はないんだけど、二上山登山は「とれっくるかつらぎ」最大の醍醐味のはず。体は嫌がっているけれど、頑張って行こう。それにしても、山ガールが多い。他愛も無いお喋りは止まず、記念写真ばかり撮っているが、装備も足腰も本格的だ。



山ガールに負けまいと、せっせと登っていたが、それも山の中腹まで。二上山からの源流水を飲んで、顔を洗って、座り込んで、10分以上の大休憩。



なぜか写真でみると、いい感じの緩やかな登りに見えるんだけど、実際は、かなりキツイ坂道だ。一回の休憩では足りず、道端にベンチがあるのをいいことに、その後も休んでばかり。



ひぃひぃ言いながらも、標高474mの二上山(雌岳)に到着。良い天気なので、多数のハイカーが弁当を広げている。



雌岳から一旦「馬の背」に下りて、続いて、前方に見える雄岳を目指す。



道端の案内板に、かつて火山であった二上山は「サヌカイト(讃岐石)」の産地として有名で、このあたりの石器は、ほとんど二上山のサヌカイトが材料になっていた、と書かれていた。そういや、そんなことを、先日橿原市の博物館で勉強した。

で、サヌカイトって、どの石だ?と、雄岳に登りながら探していたのだけれど、よく判らない。たぶん、これじゃぁないか、と、何となく石器っぽくなりそうな石を写真に撮ったけれど、帰宅して調べると全然違った・・・。もっと黒くて固いものだった。



二上山の雄岳に到着。標高517m。ここまで来るのに結構疲れたのに、案内板が倒れてしまっているのが寂しい。



天武天皇の皇子でありながら、謀略により謀反の疑いを受けて死を賜ったと伝わる大津皇子の墓。雄岳から、少し下りたところにある。



下山は楽チン、と気を抜いていたのが大間違い。大津皇子の墓から、しばらく下りると、道が二股になっている。左側が、二上神社口駅に向かうメインルートとは判っていたが、これは以前来た道。このあと、二上神社口駅と当麻寺駅の中間にある「道の駅」から、次の「北部歴史コース」をやっつけるつもりだったので、その方面への近道と思って、右の道を選択。

ところが、これがとんでも無い急坂。道端の木に掴まりながら、すべり落ちるように、下山する。これって、4年前の滑落事故と同じシチュエーションだ、と思い出し、ゾッとするが、坂がキツ過ぎて、元には戻れそうにない。20分ほどと思うが、恐怖の連続の下り道だった。やっとのことで、視界が広がった平坦な道に出た。ホントに地図にない山道を歩くのは、これで終わりにしよう。



で、どこをどう歩いたのか、下りてきたのは、登りの際にも通過した鳥谷口古墳。これこそが大津皇子の墓、という説もあるらしい。



近道どころか、大きく距離と時間、体力と精神力をロスしたのだが、何故か平地に戻ると、ケロリと元気になってしまう。あらためて北部歴史コースのクイズポイントになっている「道の駅ふたかみパーク當麻」に向かう。北部歴史コースは、自転車推奨コースなんだけど、当然歩く。

観光案内標識の柱には、大津皇子への思いを詠んだ、姉、大来皇女の和歌が記されている。



北部歴史コースの第1クイズポイント、道の駅ふたかみパーク當麻に到着。ようやく昼食にありついた。店の中の人の数に比べて、かなり車が多いように思う。おそらく、ここに車を停めて、二上山に登山している人が多いのではないだろうか。



第2クイズポイントは、石光寺。満開の桜が素晴らしい。



ふた瘤ラクダのような形の二上山。左が雌岳、右が雄岳だ。



石光寺から南へ。あらためて當麻寺の近くを通りすぎて、竹内街道までやってきた。白壁と瓦屋根が、街道の風情を残している。もっとも、この道は7世紀に整備された、初めての官制道路とのことだが、1400年も前の風景を想像することは難しい。



松尾芭蕉が、この地を訪ねて、いくつもの名句を詠んだことを記念して建立されたという「綿弓塚」。第3クイズポイントだ。



二上山登山コースと、北部歴史コースのクイズポイントを制覇したが、葛城市北部の残りのクイズポイントも今日中に制覇すべく、さらに南に向かう。当然のことではあるが、古墳の多い地域だ。田んぼのなかにポツンと芝塚古墳という円墳が残っている。



平林古墳は、長さ55mもある前方後円墳。古墳の上部や周りには、桜の木が何十本も植えられている。こんなに美しい桜に囲まれて、被葬者もきっと喜んでおられるだろう。



見事な満開。モコモコ感がいい。


南阪奈道路を渡る。交通量は、やはり少ない・・・。



一昨年のスタンプラリーでも、ポイントになっていた棚機神社。とにかく判りにくい。ガードレールの隙間から下りて行った先に、ごく小さな鳥居と祠がある。



なんで、ここがポイントになるの?と以前訪ねた際には思ったけれど、いつの間にやら、説明板が設置されていた。この地で若者と恋に落ちた、機織の技術を持った娘が、都に行くことを許してもらえるよう、一生懸命機織りをしたが、無理をしすぎて亡くなったというお話が書かれている。棚機って、「たなばた」と読むそうで、七夕伝説にも繋がる言い伝えのようだ。



葛城市の兵家地区に、堤防でもなければ、道路でもない、コンクリートの高架構築物を発見。どうやら高架&密閉型の水路のようだ。近くのニュータウンの造成工事の一環だろうか?



兵家から、東に進み、孝女「伊麻」の碑にやってきた。継母に疎まれた伊麻が、幼くして奉公に出されるなど苦労を重ねつつも、父親に孝行の限りを尽くしたということだ。以前この碑に来た時は、全然興味が無かったのだが、綿弓塚で、松尾芭蕉がこの地にやってきたのは、伊麻に会うため、と知り、俄然興味を持って、説明文も熟読した。



このあたりのベンチは、ウナギの絵が描かれた壺型だが、これも伊麻のエピソードに因むもの。父親の病気に効くというウナギを四方八方探したが、見つからず、困り果てていたら、どうしたことか、台所の壺からウナギがとび跳ねたそうだ。伊麻の孝行心が天に通じたということだろう。



本日最後のクイズポイント、長尾神社にやってきた。竹内街道や初瀬街道などが交わる要所にある古くからの神社だ。石灯籠の前には、何故か蛙の石像がある。



神社正面に向かって右の蛙は一匹だけなのに、左の蛙は、別の蛙を背負っている。

中将姫、棚機神社の娘、孝女伊麻、と、葛城の歴史を彩る3人の女性のエピソードに、「継母」、「織物」、そして、「精勤」、「孝行」といった共通点が見られるところが興味深い。おそらく、この地では、そのような子弟教育を代々続けてきたのではないだろうか。付近の小学校には孝女伊麻の銅像があるというし、この蛙にも、同様の教育的な意味があるように思えてならない。



今日はこれでお終い。磐城駅から帰宅。



まとめ


歩行距離    17kmくらい
所用時間    451分 (7時間31分) 昼食やら休憩やらを含む
歩数       30800歩 (しっかり 23500歩)