関ヶ原陣跡制覇ウォーキング(2)西軍陣跡

2013年9月29日(日) ②


東軍陣跡を制覇した後、松尾山を南に下り、続いて松尾山の西麓を北上。さらに名神高速に沿って東進する。この4kmほどの道が、制覇コースで最も退屈な区間。見るべきものが少なく、ひたすら歩き続けることになる。
 



旧中山道までやってきた。関ヶ原陣跡ウォーキングと連動しているのか、していないのかは不明だが、中山道常盤まつりが開催されていた。ここに源義経の母である常盤御前の墓所がある。



常盤御前の墓には、なぜか紅白の幔幕が張られている。常盤まつりだからだろうか。ここでもお菓子やお茶などの振舞いを受けた。



足軽姿に身を包んだ女性ウォーカー。このイベント、若い女子の参加者がかなり多い。しかも1人で参加していると思われる女性も目立つ。ウォーキング終了後のイベントに彼女も登場していたが、大谷吉継軍の足軽なんだそうだ。



東海道線の下を潜るトンネル。かなり年代物の煉瓦造りのトンネルだ。このトンネルの北側に、西軍諸将の陣が南北に連なっている。



大谷吉継の陣。ここで松尾山の小早川秀秋の裏切りを予想し、いつでも対応できるようにしていたという。1時間ほど前に登頂した松尾山の山頂付近に、小早川の旗が小さく見ることができる。



一昨年は、こんな感じのコスプレ武将がポーズを取ったり、話相手になってくれたり、してくれたんだが・・・。皆格好良すぎて(徳川家康役が、やけに可愛い系だったのが気にはなったが)、少々滑稽だったが、今にして彼らが果たしてきた役割の大きさに気付く。(写真は2年前のもの)



大谷吉継の陣跡近くに墓所がある。石田三成との堅い友情秘話や、文武両道で秀吉からの寵愛、疱瘡との闘病、、関ヶ原での大奮戦など、今も誰からも敬愛されている稀有な武将だ。アンチ大谷など聞いたことが無い。
 



平塚為広の碑。ほとんど視力を失っていた大谷軍も半ば率いる形で、大奮闘したと伝わる。今に伝わる大谷軍の活躍は多分に平塚為広の指揮によるものだろう。寝返った小早川軍は何度も撥ね返したが、脇坂らの裏切りにまでは対応できず、この地で戦死したと伝わる。石田・大谷の盟友関係は有名だが、大谷・平塚の絆もとても強いものだ。



関ヶ原を西側から見下ろす山麓に、西軍諸将は陣を構えた。東軍陣跡は、主に関ヶ原市街地だが、西軍陣跡は山歩きが中心。美しい沢を渡ったりもする。



天満山にある、西軍の最大軍勢17000を率いた宇喜多秀家の陣跡。今は神社になっている。毛利・島津・長宗我部らが不戦、小早川・脇坂らが離反するなどで、実働した西軍の半数以上は宇喜多軍だったということになる。



スタンプポイントには、ほぼ必ず、関ヶ原町の車が駐車されている。おそらく、この多くの町職員がスタンプ係としてイベントに駆り出されているのだろう。



小西行長の陣跡。堺の商人出身のせいか、戦下手との評判が高く、関ヶ原の戦いでもあまり芳しい評価が与えられていない。しかし、朝鮮出兵では、加藤清正とともに先鋒を務めたし、戦後石田三成、安国寺恵瓊とともに斬首されているところを見れば、家康から相当手強い相手と認められていたのではないかと思うんだけどねぇ・・・。



開戦の地。先鋒の福島正則を出し抜く形で、家康の四男の松平忠吉に華やかな初陣を飾らせようとする井伊直政隊が最初に宇喜多軍に銃撃を加えたと聞く。



関ヶ原では近年ヤギの飼育が行われている。ヤギの乳で作ったアイスクリームは、このウォーキングイベントのゴールで振る舞われている。



島津義弘の陣跡にやってきた。作戦の不一致で三成と不和になり、関ヶ原では不戦を貫いたという。島津義弘は当時66歳の老将。三成なんかの言うことを黙って聞くような小物ではない。括目すべきは、西軍の敗北が決定的になってから決行した怒涛の前進退却・敵中突破。島津のお家芸とも言える「捨てかまち」戦法で、少なからぬ犠牲を出しつつも、見事薩摩に帰り着いた。



義弘を偲んで、毎年、関ヶ原から大阪(堺かも)まで、歩き通すという鹿児島県民のイベントが開催されていて、参加者の名簿が陣跡に刻まれている。兄義久の制止も聞かず、義弘を慕って薩摩から続々と兵が駆けつけたなど、途方もない人心掌握力の持ち主であったことが窺える。



ついに最後のスタンプポイント、笹尾山の石田三成陣地にやってきた。

 
 
笹尾山は、物見台、馬防柵、烽火台など、当時の雰囲気をもっとも再現した場所になっている。スタートからの所要時間は5時間50分。一昨年は5時間30分との記録が残っているので、20分遅くなっているが、休憩を取ったり、写真を撮ったりしながらの、マイペースウォーキングなので、こんなものだろう。
 



笹尾山の麓にある広場では、様々なイベントが繰り広げられていた。それぞれ自前の甲冑に身を包んだ参加者たちが、お気に入りの武将になりきってパフォーマンスを演じていた。



舞台の袖には、出番を待つ「清州城武将隊 桜華組」のメンバーが待機している。織田信長、濃姫、木下藤吉郎、前田犬千代が転生した女性なんだそうだ。
 



16km歩いて、戦利品(といっても、参加費1000円を払っているのだが・・・)は、スポーツタオル、踏破記念バッジ、ヤギ乳アイス、それと常盤御前の墓所で貰ったお菓子。スポーツタオルは、毎回同じものだが、4色の中から好きなものを選べる。一昨年は黒、今年は緑を貰う。記念バッジもデザインは同じだが、毎年色が変わる。



スタンプも無事全数ゲット。A4サイズのスタンプ台紙を折り曲げることなく、最後まで歩きとおすのは結構苦労した。


常盤まつりのスタンプ。なかなか可愛い。



そして千社札が14枚。今年はスペシャルとして常盤御前の千社札もあった。それにしても、千社札って、歴史イベントの記念品で貰うことがたまにあるのだが、どう使うものなんだろうか・・・。



おまけ・・・関ヶ原町のマンホール。関ヶ原の戦いをイメージした兜と、町の花である梅、町の木である杉を組み合わせたもの。なかなか手が込んでいる。



笹尾山のイベントは未だ続いているが、関ヶ原駅に向かってトボトボ帰路につく。武将の登場が少なかったせいか、期待していたほど燃えなかった。遠隔地だけに、来年参戦するかどうかは、微妙だなぁ・・・。


まとめ


歩行距離     約18km (駅~会場までを含む)
所要時間     400分(6時間20分) (駅との往復、休憩、イベント見学等を含む)
歩数        32200歩 (しっかり21400歩)