こうやくんと高野山ラリー(2)町石道

2014年5月31日(土)-②


大門を過ぎたところから、本格的な町石道は始まる。整備されたとはいえ、道幅も狭く、ゴツゴツした道が続いている。



町石道の入口に、自由に使える杖の置き場がある。自然木の杖に交じって、金剛棒が一本あった。焼印を見ると、明らかに富士山登山から帰ってきた杖だ。自前のスティックを持ってきてはいるのだが、今日は憧れの富士山登山気分で、この金剛棒を使わせてもらうことにしよう。



ゲゲッ。クマが出没しているらしい。でっかいツキノワグマが描かれた注意書きが掲示されている。先日、馬肉と一緒に熊の肉を食べたばかりだが、仕返しは勘弁してくれ。



高さ3mくらいの町石が路傍に設置された道を進む。石塔は、かつては木造の卒塔婆だったらしい。



谷合を繋ぐ道のようで、曲がりが多く、また谷を渡る橋も頻出する。下りのはずなんだけど、地味な登り道も多く、全体として上っているのか、下っているのか、よく判らないほどだ。これでは、上りも下りもそれほど所要時間は変わらないかもしれない・・・。



杉や檜を中心とした木立に囲まれた道のため、眺望はあまり楽しめない。それでも時折木々の間から、山々の姿を見ることはできる。



古い石碑には、寄贈者の名前が刻まれている。元対馬守、源氏信、とある。せいぜい江戸期のものと思っていたが、帰宅して調べると、どうやら鎌倉期の佐々木氏信のことらしい。京極家の祖となった源氏の名門だ。



通称「押上石」。女人禁制の結界を越えてこの地にやってきた弘法大師の母親が激しい雷雨に襲われた際、弘法大師がこの石を持ち上げ、母親を匿ったのだそうだ。弘法大師のお母さんって、九度山の慈尊院までしか入れず、弘法大師はお母さんに会いに、九度、山を下りたんじゃなかったっけ・・・。



大門から1時間半余り歩いて、初めて建物が現れた。町石道押印帳のスタンプポイントになっている矢立茶屋だ。閉店中でもスタンプを押せるよう、屋外にスタンプ専用のボックスが設置されている。しかも、スタンプ台やスタンプはビニール袋に収納するなど、スタンプラリーストの気持ちを汲んだ心遣いが嬉しい。せっかくなので、名物の焼き餅を2つ買って即完食。



これは大江清秀が寄進した町石のようだ。調べてみると、やはり鎌倉期の人。承久の乱に関わって、畿内を追われて肥前に移った人のようだ。



道幅は狭い。下から登る人が圧倒的に多く、すれ違うのに少し苦労する。高野山から下って来るような偏屈者は珍しいのかもしれない。先日のダイトレでも、普通とは逆の槇尾山から二上山に向かって歩いたが、その方が後続にせっつかれることなく、マイペースで歩けるのだ。



ほぼ同じ間隔で町石は建てられているはずなんだけど、五十町を超えたあたりから、疲れのせいか、スピードが落ち、なかなか数が増えなくなったが、ついに百町の石塔までたどり着いた。ゴールの慈尊院まであと八十町だが、半端なく疲れてきた。



町石道押印帳のスタンプポイントになっている神田地蔵堂にやってきたのは、午後3時。どのように勘定しても、ここから九度山駅まで、あと3時間はかかりそうだ。次の分岐点で、上古沢駅に向かうエスケープルートを行くことにしよう。



20~30分、ゴルフ場に沿って歩いてきたのだが、驚いたことに、町石道にティーグラウンドが現れた。池越え、左ドッグレッグのプレッシャーのかかるホールだ。金剛棒で素振りをする。先週のゴルフでは久しぶりにアイアンの切れ味が戻ってきたので、次のゴルフが楽しみだ。



ゴルフ場を過ぎると、再び、鬱蒼とした森の中を進む道。しかも上りが続く。この後、分岐点で上古沢駅に向かって下りる決断をしたばかりなのに、結構キツイ上り道が続く。



鳥居が二つ並んで立っている、その名もズバリ「二ツ鳥居」。次のスタンプポイントになっている丹生都比売神社を遥拝するところだそうだが、既にヘトヘト。下山ルートに向かう。



分岐点にやってきた。ここでギブアップ、と言いたいが、最寄駅の上古沢駅まで2.5kmもある。



上古沢駅に向かって、急坂をひたすら下る。足も膝もガクガクになってくる。これだけ急坂になると、全く思い通りに進めず、疲れも相俟ってますますペースは落ちてくる。



何ヶ所も動物を捕まえる仕掛けと思われる装置がある。相当大きな檻だけに、熊の捕獲用なのかもしれない。



延々と下り続け、ようやく上古沢の町が見えてきた。谷合の集落だが、駅は、一旦川まで下りきって、その後再び山の中腹まで登ったところにある。



駅まで急な上り坂が続く。こんな町、住めたものではない。通常山歩きは、下りで終わるものだが、疲労度マックスの最終局面で、上りが続くとは・・・。何度も休憩を入れながら進む。



ようやく上古沢駅に到着。町石道の分岐点から70分も掛かってしまった。先に駅に到着し、電車を待っている他のハイカーが、「分岐点から2.5kmなんてことはない」と息巻いていた。実際どうなのかは判らないが、平地を10km歩いたくらいの体力消耗になったことは間違いない。



結局、町石道のスタンプは7ヶ所中、4個の押印に留まった。



高野山ラリーは8ヶ所中、7ヶ所。九度山駅のスタンプは改札内にあると記載されているので、九度山で途中下車すれば全制覇できる訳だが、そんな気に全くならないほど、疲労困憊。台紙は、応募用と保管用の2ヶ所にスタンプを押印する嬉しい仕組みとなっていたが、スタンプをコンプリートできず、それも空しい。




まとめ


歩行距離    21.8km (奥ノ院前~高野山内~町石道~上古沢)
所要時間    456分 (7時間36分)
歩数       37900歩





こうやくんと高野山ラリー(1)高野山内

2014年5月31日(土)-①


高野山開創1200年記念イベントの一環として、南海電車でGO「こうやくんと高野山ラリー」なるスタンプラリーが開催されている。このスタンプラリーは昨年9月にスタートしたものだが、全8ヶ所のスタンプポイントのうち、日頃利用しているなんば駅と新今宮駅のスタンプだけ押印した後、長らく放置してきたのだが、気が付くと明日が最終日となってしまった。



朝7時に家を出たというのに、電車、ケーブルカー、バスを乗り継ぎ、奥ノ院前に到着したのが9時半。高野山って遠い。それに、意外に暑い。子供時代には、高野線終点の極楽橋で電車を降りた時、背筋がゾクッとするような涼しさを感じたという記憶があるのだが、今や冷房が当たり前になって、少々涼しいくらいでは満足できない体質になってしまったようだ。



公園化した広大な墓地内を歩いて、まずは、弘法大師の御廟がある奥ノ院へ。気温は高いが、古木が鬱蒼と茂り、日影が多いのが有難い。



奥ノ院でスタンプをゲット。4月1日からは応募葉書に52円切手を貼るようとの注意が掲げられている。それにしても、小坊主をモチーフにした「こうやくん」。街中だけではなく、寺院にも墓所にも高野山中あらゆる場所に登場している。ちょっと露出度が高すぎやしないかぁ・・・。



奥ノ院から一の橋にかけて墓所巡り。歴史上の有名人が総出演している感がある。木立の中を散策していると、順不同に、歴史の教科書をめくっているように、有名武将や江戸時代各藩の墓所が現れる。



高野山にあるのはおそらく分骨されたものだろうが、浅野内匠頭なんて、松の廊下での刃傷による切腹の後、一体誰が、いつ墓を建立したのだろうか。



石田三成にも立派な墓所がある。関ヶ原の戦いで石田家は滅亡したはずだが・・・。同様に武田勝頼とか、明智光秀とか、負け組の墓もしっかりと設置されているところが、高野山の懐の深さと言えよう。だからこそ、墓所巡りは興味深い。



石堂丸の歌舞伎や浄瑠璃でお馴染みの刈萱堂。



金剛峯寺。言わずと知れた高野山真言宗の総本山だ。火災に備えてだろうか、参道には水桶が沢山並べられている。



本堂の屋根の上にも、防火水槽のようなものが据え付けられている。国宝級の建造物が建ち並ぶ高野山だが、過去に大火に見舞われたことが何度もあるようだ。



山内にある国宝や重要文化財を保管している霊宝館。夏でも赤い紅葉のせいで、写真は秋の風情だが、実際は夏の太陽がギラギラなのだ。



高野山のシンボルとも言える根本大塔。金堂など、周囲の建物は古い木造なんだけど、その中で朱塗りの大塔はコンクリート造りなのだ。



「こうやくんと高野山ラリー」に併せて「高野山町石道押印帳」の7つのスタンプも制覇する意気込みで、今日は高野山にやってきた。何年も前に、九度山から町石道を上ろうとしたときにゲットしたスタンプ帳だ。もっともその際には、あまりの暑さと上り坂のため、ギブアップしてしまった。



町石道の地図の上にスタンプ欄がある。なかなか凝った絵柄だ。高野山内では、奥ノ院と金剛峯寺の大伽藍がスタンプポイントになっている。



もっとも、スタンプ帳はいつの間にかバージョンアップしていた。かつては7ヶ所でコンプリートだったものが、熊野古道も含めた18ヶ所の押印欄がある。全制覇のハードルは一気に高くなっている。



町石道は、九度山の慈尊院から、根本大塔に繋がる旧道。一町(約109m)おきに石塔が立てられている。根本大塔からしばらく歩いたところで、三町の石塔を発見。ということは200mほど手前にスタート地点の一町の石碑があったはずなんだけど、戻るのが鬱陶しく感じる暑さだ。



高野山内の路傍には、石像が多く見られる。小坊主が木魚を枕に居眠りしている。とても可愛く、和んでしまう。



象の石像も上手くデフォルメされて可愛い。上に跨りたくなる。



道路標識には、傘が付けられている。見慣れた標識だが、傘を被ると、何故か威厳が増しているように感じてしまう。



高野山の入口、大門にやってきた。さあ、ここから町石道が本格的に始まる。



手元のマップによれば、町石道は約20km、所要時間が6時間以上とあるが、これは上りに要する時間。下りならもう少し早く歩けるだろう。とはいえ、高野山内で予想以上に時間を掛けてしまい、既に11時半。18時頃には大阪に戻りたかったのだが、もはや絶望的だ。高野山ラリーのスタンプはあと一つ九度山駅が残っているが、町石道を歩き切らないとゲットできない。



とにかく行けるところまで行くことにしよう。
                               ・・・(2)に続く


関西本線(難波~柏原)開業125周年スタンプラリー

2014年5月18日(日)


JR関西本線(大和路線)が難波・柏原間で開業して、125周年となるのを記念してスタンプラリーが開催されている。5つの駅(難波・天王寺・平野・八尾・柏原)にスタンプが設置されているらしいが、いつものように、電車には乗らず、歩いて全スタンプを集めることにする。ウォーキングスタンプラリーとしては、お手頃な約18kmの道程だ。



まずは、かつては湊町駅と称していた、JR難波駅からスタート。なんじゃ、スタンプって、いつもの駅スタンプなのか。特製スタンプが用意されていると思っただけにテンションは半減。まあ、気を取り直して次なるスタンプ駅の天王寺に向かう。



JR難波駅からは、どの道を進んでも、なんば中心部の人混みの多い道を進まなければならないが、敢えて、最も込みそうな、高島屋前から千日前通という中央突破ルートを選択する。



千日前通に聳える巨大老舗レジャービル味園。500人もの宴会だってできるという。夜にはネオンがギラギラと煌めいているが、昼間は夜に備えて眠っているかのような静けさだ。



学園坂を通って、松屋町筋から谷町筋に向けて上町台地を上る。並行する愛染坂や口縄坂などが天王寺七坂と称されて観光地化しているが、学園坂は外されている。でも、両側の歩道に加えて、自転車道も備えられた、歩行者に優しい道なのだ。



四天王寺の門前に、名物の釣鐘饅頭が売られている。店の庇の上にはしっかりと釣鐘が備え付けられている。昼食前というのに、バラ売りもしていたので、2個買って即食べてしまう。ホカホカの饅頭が嬉しい。



JR天王寺駅に到着。ハルカスに見下ろされて、すっかり影が薄くなったが、やはり天王寺の中心はJR駅だと思ってしまうが、今の若い世代には無い感覚なのかもしれない。



天王寺駅でも無事スタンプをゲットし、関西本線の南側を、東へ東へと進む。阪和線が関西本線から分かれて南に向かっている。ちょうど「関空特急はるか」が頭上を通過する。車両は新しいが、橋脚はかなりの年代物のようだ。



低い土地なのだろうか。水路の上に、センサーのようなものが付きだされて、水面を睨んでいる。水量が増すと、市の防災センターに警報が鳴るような仕組みが構築されているのではなかろうか。



杭全の交差点。ただでもヤヤコシイ五叉路だというのに、歩道橋の付け替え工事が行われている。歩行者はどこから行けばいいのか、周囲をウロウロさせられた。



以前から気になっている百済の貨物駅。うめきたの再開発により、梅田貨物駅の機能の半分はここに移転しているようだが、あまり貨物列車が頻繁に出入りしているようにも見えない。近くにも立ち入れず、内部の状況は良く判らない。



平野駅で3つめのスタンプをゲットし、国道25号線を東に進む。詳しくは知らないが、様々な故事来歴を感じさせる加美鞍作を通過。道路沿いの公園の遊具には、使用禁止の貼り紙のうえ、ロープで階段を閉鎖している。見ても触っても不具合は見当たらないが、滑り台の角度が急すぎるということだろうか。最近の遊具は安全第一で、なかなか難しいようだ。



中央環状線の手前で、25号線を離れ、加美の裏道を歩く。何とも味のある骨董品店があった。



八尾市に入る。以前、おおさか東線のスタンプラリーで、放出に向かって歩いた時と同じ、関西本線沿いの道を久宝寺駅に向かう。八尾市がかなり力を入れて都市開発をしているのか、この付近の下水マンホールは全てカラーだ。もっとも、駅前以外はあまり賑やかさが感じられない。



八尾駅の手前にユニークな形のビルを発見。たまごビルと書かれている。医療関連施設のようだが、ビルの中央部に吊り下げられている卵形の構造物の中には何があるのだろうか。



JR八尾駅に到着。近鉄八尾の方が賑やかで、JR八尾駅の影は薄いが、最近建て替えられた新しい駅舎だ。難波、天王寺は、スタンプ機だったが、平野駅は手押しスタンプ。主要駅にしか設置されていないスタンプ機が八尾駅にはあった。



休憩がてら、八尾駅の傍にある安中新田会所を訪問。江戸時代の大和川の付け替えで、河内平野一帯が新田開発されたのだが、鴻池などと異なり、安中は複数の小規模の開発者によって構成されていたらしい。



八尾からは旧大和川の名残とも言える長瀬川に沿って歩く。以前、柏原の大和川からの分岐点から放出まで長瀬川沿いを歩いたことがあるが、全域に渡って遊歩道が整備された、とても気持ちのいいウォーキングコースになっている。



ウジャウジャと鯉がいる。餌を与えもしていないのに、ところどころ、鯉が押しくら饅頭をしているかのように、鯉が集まて、大きな口を水面に出してパクパク開けている



八尾市東端にある二股。地名が示すとおり、長瀬川と玉櫛川の分流点だ。長瀬川沿いのウォーキングも良いが、玉櫛川沿いの道も、桜並木が綺麗で、いい感じの道だ。もっとも八尾市内は歩道が整備されているが、東大阪市に入った途端、歩きにくい道になったような記憶がある。



柏原市内に入ると、水路はさらに美しく整備されている。ところどころに動物のモニュメントが設置されたり、水壁をレンガ調にしたりして、どこか異国情緒さえ感じさせてくれる。



ゴールの柏原駅に到着。なんとなく八尾駅に似てるなぁ・・・。



無事スタンプも全制覇。最近の電鉄系スタンプラリーには、何故か改札内にスタンプを設置しているケースが良く見られるが、ウォーキングスタンプラリーストには有難いことに、全ての駅で、スタンプは改札外、あるいは改札で手押しスタンプを出してもらう方式だった。



スタンプ全制覇の記念品として、ボールペンを貰う。最近流行りのフリクションだ。気分良く、柏原駅からJRで帰宅。改札構内には、大和路線125周年の写真展示などが行われていた。



JR柏原駅を乗降するのは初めてかもしれない。JR駅のはずが、1番線は近鉄道明寺線のホームになっている。乗り換え客は、ホーム上のICカード読み取り機で精算するようだ。



昨日を上回る高気温で、かなりヘバッたが、無事完歩。各駅停車でのんびり帰宅する。


まとめ


歩行距離    約18km
所要時間    280分 (4時間40分) (見学・昼食除く)
歩数       28400歩