岩倉~上賀茂~二条城~黒谷(京都幕末維新スタンプラリー)

2017年10月8日(日)


先日は、京北町の山國護国神社のスタンプをひとつゲットするに留まった、「京都幕末維新を歩こう!スタンプラリー」だが、今日は、残る14のスタンプポイントをなるべく数多く歩き回りたいものだ。最低でも6ヶ所、できれば9ヶ所が目標だ。



地下鉄の北の終着駅、国際会館駅からスタートし、まずは岩倉具視が隠棲した旧宅を目指すが、道を誤ってスタートから随分ロスをしてしまう。叡電岩倉駅にやってきた時には既に結構汗ばんできた。比叡山が線路の向こうに見える。出発直前まで、比叡山に登るつもりだったのだが、止めて良かった。随分暑い日になりそうだ。



学生時代に左京区に4年間住んではいたものの、岩倉という土地にはさほど詳しくない。道に迷ったせいで、 岩倉実相院まで2km半ほどの道程に1時間も掛かってしまった。



実相院にほど近く、岩倉具視が蟄居していた「幽棲旧居」があり、ここがスタンプポイントになっている。スタンプは無料ゾーンにあるというが、このような小さな施設では、スタンプだけ押してサヨナラ、というのは難しい・・・。



岩倉から、次なるスタンプポイント、上賀茂神社に向かう。熊出没注意の貼り紙がある。今年の7月に目撃されているらしい。山に近いとはいえ、こんな住宅街にまで熊がやってくるとは驚きだ。



松ヶ崎の山を越えて、深泥池までやってきた。池の周囲も湿原が広がり、貴重な水生植物群が生育し、国の天然記念物に指定されている。なかには氷河期の生き残りまで見られるらしい。長い歴史を有する京都に、このような手付かずの湿地が残っていることが不思議に感じる。



深泥池から少し歩くと、上賀茂神社に仕える神職が住まう町「社家町」が広がる。上賀茂神社からの清流を挟んで、土塀で囲まれた趣のある家々が並ぶ。京都のなかでも独特の風情が感じられる街並みだ。



上賀茂神社。今年に入って2度目の訪問となる。孝明天皇が攘夷祈願のために行幸されたということで、幕末維新スタンプラリーのスタンプポイントに選ばれたようだが、理由がちょっと弱いなぁ・・・。北区には他に適当なところが無かったのだろうか。



何かと物議を醸している御朱印ブーム。ここでも長い行列ができている。どうやら、最近朱印受付の建物を増設したように見える。中では2人の神職がせっせと揮毫・押印をしていた。御朱印収集はスタンプラリーではないとの声をよく聞くが、全く同感だ。しかしスタンプラリーもやり方によっては、大変な苦行になることも知ってもらいたい。



上賀茂神社から二条城を目指して、堀川通を南下していると、御土居の跡が見られた。秀吉が京都の四方を囲むように建設させた土塁の跡が今も残っている。おそらく御土居の北端になはずだ。



世界文化遺産に特化した道路標識。芸の細かいことに、城と寺のピクトグラムを使い分けている。おそらく神社用にも別のピクトグラムがあるに違いない。



かつて水の流れがほとんど見られることのなかった堀川だが、いつの間にやら、すっかりと親水ゾーンに生まれ変わっている。



二条城にやってきたが、大政奉還150周年で大改修が完了したこともあってか、大変な行列ができている。



二の丸御殿唐門。金が散りばめられているが、色彩も彫り物も、金色に負けることない存在感を発揮している。



休憩所には、スタンプがズラリ。どうも最近、京都はスタンプラリーが多すぎるように思える。まあ、せっかく観光に来てもらっているのだから、少しでも楽しんでもらおう、ということなんだろうが。



丸太町通を東に向かう。見慣れたはずの京都御苑でひとつ新発見。京都御苑って、宮内庁ではなく、環境省の管轄になっている。公園扱いということなんだろうか。皇居の二の丸庭園は宮内庁が管理していると記憶しているのだが・・・。



御苑を取り巻く外壁の瓦には、しっかりと菊紋が施されている。御苑は環境省だが、御所は宮内庁なのかもしれない。



本日4つ目のスタンプポイント、京都御所の東に隣接する京都市歴史史料館の南に新島襄の旧宅があるのを発見。何度も歩いている道なのに、歩くたびに新しい発見がある。



丸太町通をさらに東へ。東大路との交差点に熊野神社がある。学生時代には毎日のように通った道だし、バス停名にもなっているので良く知っているつもりだったが、境内に入るのは今日が初めて。予想どおり紀州熊野大神を勧請したもので、八咫烏がアチコチにあしらわれていた。



さあ、本日5つ目のスタンプポイント、黒谷の金戒光明寺にやってきた。京都守護職に任ぜられた会津藩主松平容保が本陣を構えたところだ。この神社、とても広大で風格もあるが、その割に観光客も少ない。常々京都観光のお薦めポイントだと思っている。



今回初めて、境内の奥にある会津墓地を訪れる。松平容保とともに、幕命に従い、一途にに京都の治安を守ろうとした会津藩だが、数百名の藩士がこの地で命を落としている。会津藩の無念さを思うと心が痛む。



修験道の中心寺院といえる聖護院地区を西に戻る。聖護院そのものより、八ッ橋と大根が有名かもしれない。しかし消防倉庫に掲げられた大根をモチーフにしたと思われるキャラクターは、聖護院大根にしては、随分長細いように見える。



三条大橋を西に渡る。鴨川の河原には、カップルが大勢腰を下ろしている。昔は、鴨川のカップルは少しずつ距離を空けて等間隔で座っていたものだが、今は座る場所の確保も難しい混雑ぶりだ。



坂本龍馬が匿われていたという酢屋。当時の建物が今も使われているらしい。当時は材木商を営んでいたはずだが、今は木工芸品を扱う店になっているようだ。本日6つ目のスタンプをゲット。



酢屋がある三条通のひとつ南の通りが「龍馬通」と名付けられている。元々名前があった通りではなかったのかもしれないが、伝統ある通り名を大切にしている京都の田ノ字地区にしては安直なネーミングではなかろうか。



本日の散策軌跡。最低目標のスタンプ6つは辛うじて達成するに留まる。疲れた・・・。

 
 
残るスタンプは8つ。どう頑張っても、1日で歩きとおせるものではない。少なくともあと2日は必要だ。