JRで行く滋賀のまち歩き(守山~安土)

2016年3月20日(日)


先日、大津京から草津まで歩いたJRビワイチスタンプラリー「JRで行く滋賀のみち歩き」。今日は守山から安土、できれば能登川まで歩くことにする。



守山駅の上りホームに下り立つ。橋上駅の改札に向かうべく、階段を上ろうとしたところ、ホームから直接外に出ることができる自動改札を発見。なんとコンビニ店内と直結していた。



橋上駅って、結構しんどいもので、ホームから外に出るのに、一旦上って、また下りなければならない。駅構内の空きスペースをコンビニなどの店舗に利用している駅は多いので、このような改札口が他の駅でもできればいいのに。



守山市のマンホールはホタル。どうやらホタルが名物のようだ。確かに、鈴鹿山系からの清水が流れる水路が多い町だ。



守山駅で最初のスタンプをゲットし、次なるスタンプポイントの守山宿を目指す。駅前通りにも、大きなホタルのオブジェが電柱に飾られている。もっとも、ここまで大きくなると、少々不気味だ。



守山は中山道の宿場町。昔は、京立ち守山泊まり、と京を出た旅人は約35km先の守山宿に一泊目の宿を取るべく歩いたらしい。かつての宿場町の雰囲気を再現すべく、街が少しずつ整備されているようだ。かつて造り酒屋だった宇野元総理の生家も、町屋うの家として改装されている。



旧中山道を北東にむかう。野洲川を超えると守山市から野洲市に入る。



野洲駅に、貨物用機関車「桃太郎」が停車していた。岡山に最初に配属されたため、桃太郎という愛称が付いたとか。ちなみに神奈川に最初に配属された別の機関車は、足柄山に因んで金太郎と名付けられたらしい。桃太郎の向こうに、通称近江富士、三上山が見える。



野洲市のマンホールは、野洲川と三上山。



な~んにも無いところが続くが、「近江戦国の道」と名付けられた道をテクテク歩いていく。このあたりの道は、信長や秀吉などが頻繁に行軍していたところと考えても、退屈な道であることには変わりない。



日野川。遠くに琵琶湖の向こうにある湖西の山々がおぼろげに見える。



野洲から10kmほど歩いて、ようやく近江八幡の市街地に入ってきた。八幡山の麓に古い街並みが美しく整備されている。



桃の花だろうか。ピンクの花が満開だ。



美しい水郷。湖東の町は、長浜も彦根も石部も歴史的な街並みを再現させて観光地として人気を博しているところが多いが、近江八幡の美しさは群を抜いていると感じる。



写真と同じような風景が、近江八幡市のマンホールに描かれている。



スタンプポイントの八幡山ロープウェイ乗り場にやってきた。昨年、八幡山登山を含む近江八幡散策をしたばかりなので、見どころ満載の町だが、最短距離で歩く。



スタンプポイントになっている近江八幡駅。喫茶店でしばらく休憩。能登川まで行きたいと思うが、日暮れが近い。大概疲れが溜まってきたが、せめて安土まで行こうと、痛む足を引きづるように再度歩き出す。



近江八幡から安土までは約4km。今は近江八幡市に吸収された形の安土町だが、以前訪問した際には合併反対運動が盛り上がっていたように記憶している。しかし、近江八幡駅から安土駅までの間ほとんど街並みが途切れることがない。安土は歴史上特別な町とはいえ、合併も不自然なものとは思えない。合併の後も、信長の旗印をモチーフにした安土町のマンホールを見ることができる。



安土駅に到着。すっかり暗くなってしまった。駅前にある安土城郭資料館。



駅前にある織田信長像。真っ暗だ・・・。



歩行距離は23km。休憩込みで6時間、33000歩ほど歩いた。かなり歩いたつもりだが、江戸時代の旅人には到底及ばない。



スタンプも5つゲット。残りはあと4つ。もっとも明日が最終日だが、全数ゲットなるだろうか。





乙訓歴史探訪ミステリークイズラリー

2016年3月19日(土)


 小雨降るなか、大山崎町、長岡京市、向日市の乙訓3市町で開催される「乙訓歴史探訪ミステリーラリー」なるものに参加する。行き先はトップシークレットとのことで、各チェックポイントで次のチェックポイントが書かれたシールがもらえるというもの。そのほか、クイズがあったり、歴史上の人物に扮装した人を撮影したり、と何だかややこしそうなルールだ。



スタートポイントの大山崎ふるさとセンターに向かうべく、JR山崎駅に降り立つと、ミステリーラリーの看板を持った係員さんが駅前に建って、参加者の募集と案内をしていた。結構力の入ったイベントのようだ。



大山崎ふるさとセンターで無事ラリー参加の受付を済ます。ミステリーラリーの台紙や、各市町のガイドマップなどを貰う。厄介なことに、胸にミステリークイズラリーと書かれたシールを貼りつけられた。ちょっと恥ずかしいぞ。(もっとも小雨のせいか、1時間ほども歩いてているうちにシールは剥がれて、どこかに行ってしまった・・・)



ふるさとセンターは、天王山関係のポスターやパネルで溢れかえっている。それにしても、近年歴史上の人物のアニメ化がどんどん進んでいるが、およそ史実とかけ離れた派手ないで立ちのイケメン武将ばかり。最初は面白いと思っていたが、さすがに最近は食傷気味になってきた。



スタートポイントで判明した最初のチェックポイントは、離宮八幡宮。ふるさとセンターからは歩いて数分のところだ。まずは小手試しということだろう。ここで、クイズに挑戦させられ、新たに次のチェックポイントが書かれたシールを貰う。



離宮八幡宮は、日本における製油発祥の地。平安時代初期に発明された搾油機によって製造された荏胡麻油は、主に神社の燈明用に使用されていたらしい。境内には「油祖」の像があり、売られている御守りも「油断大敵」だ。



次なるチェックポイントは、アサヒビールの大山崎山荘。10分少々の距離とはいえ、天王山に登る急坂を登っていかなければならない。小雨はなおも、降ったり、止んだりを繰り返している。



大山崎山荘の美術館庭園。とても綺麗に整備された美しい建物だ。雨もあがって、少し汗ばむほどに気温も上がってきた。



次のチェックポイントが、長岡京市の勝竜寺城公園。大山崎山荘から4kmくらいはありそうだ。阪急とJRの交差ポイントを進む。陸橋の上で待つこと数分、双方の列車が同時に通過するところをカメラに収めることができて、ちょっとご機嫌になる。



長岡京を目指して、適当に北東方向に針路を取るが、新幹線やら名神高速やらが走っていて、思い通りの方向に進めず、名神、京滋、京都縦貫の各自動車道が複雑なジャンクションを構成する大山崎インターチェンジの付近にやってきた。交通の要所ということか、常設の検問所がある。



3連休の初日ということもあってか、兵庫方面は18km、滋賀方面は5kmの渋滞。



なんだか遠回りをしているようだが、そのおかげで面白いものに出くわしたりもする。恵解山古墳。乙訓地域では最大の前方後円墳なんだそうだ。埴輪風の陶器を並べたりして、最近になって整備された様子がうかがえる。



細川忠興と玉(ガラシャ)が、結婚式をあげ、新婚生活を送ったといわれる勝竜寺城の跡には、堀、石垣、櫓などが復元され、公園となっている。



忠興とガラシャの像。既にスタートしてから2時間近く経っているが、まだチェックポイントは半分の3つだけしかコンプリートできていない。



長岡京の市街地を通り抜けて、次なるチェックポイントの乙訓寺に向かう。長岡京市で竹をモチーフにしたものが目につく。街路樹の植え込みや、車道と歩道の間のブロックにも竹がデザインされている。もちろんマンホールの絵柄も竹になっている。



乙訓寺に向かう道中、長岡天満宮に少し立ち寄る。当然チェックポイントになっているだろうと思っていたが、予想は外れた。



乙訓寺。桓武天皇の弟、早良親王が罪を得て幽閉されたことで有名なお寺だ。桓武天皇の陰謀の犠牲になったとの説があるが、早良親王の死後に起こった災害や疫病は、すべて早良親王の怨霊によるものと怖れられたというから、桓武政権には後ろめたいものがあったように感じてしまう。



噂のゲス議員のポスターをようやく発見。例の事件以来、一気に町から消えたのではなかろうか。見つかりそうで、なかなか見つからなかった。



第5チェックポイントの向日神社。神社の横には、なぜかプラネタリウムを備えた立派な天文館がある。



天文館があるせいか、向日神社の前を通る大通りは、アストロ通りと名づけられている。天文館の存在を知らなかったころは、なぜこの典型的な地方都市の生活道路が、このようなカッコいい名前なのか不思議でならなかった。



向日市といえば激辛の街。飛び出し注意の看板など、アチコチに、激辛キャラクター「からっキー」が登場する。



ゴールポイントは、阪急西向日駅前の朝堂院公園。長岡京の政庁の中心だったところだ。長岡京跡が最初に発見されたのは長岡京市らしいが、長岡京跡の大部分は向日市にある。



ゴールポイントでも武将のお出迎え。この武将や姫は、確か離宮八幡神社でも見かけたように記憶している。武将や姫の写真を2枚以上撮影、クイズに3問以上正解、全チェックポイントのシールを収集をいくつクリアできたかによって、記念品抽選回数が変わる。



シールは全数ゲット、クイズも全問答えることができた。ミステリーラリーのため、チェックポイントもクイズも極秘なんだけど、イベントも終了した今、画像アップしても問題なかろう。



記念品の抽選は、すべて末等ばかり。それでも、クリアホルダーやらボールペンやらを沢山貰うことができた。



本日の歩行軌跡。案内には10km、3時間くらい、とあったが、結局見学やら昼食やらもあったので、13kmを4時間かけて歩いたことになる。


JRで行く滋賀のまち歩き(大津京~草津)

2016年3月13日(日)


「JRで行く滋賀のまち歩き」が、昨年から開催されているのだが、5~6年前に琵琶湖一周ウォーク(通称ビワイチ)は既に達成して滋賀県知事からの認定証も貰っているし、あまり好きになれないスマホアプリでのデジタルスタンプラリーなので、第一弾「長浜・米原」、第二弾「湖西」、第三弾「草津線」と見送ってしまった。しかし、他に興味を曳くイベントも無いので、おそらく最終回となる第四弾「大津~彦根」に挑戦してみることにした。



スタンプポイントは、大津から彦根までの駅から10か所と、観光スポットが6か所の計16か所。これを歩いて回るとなると70kmにはなる。3日は掛かる勘定になるが、残り期間を考えてもコンプリートは危うい。まあ、後のことは考えず、まずはJRの大津京駅で降りて最初のスタンプポイントの三井寺(園城寺)に向かう。デジタルスタンプラリーの良いところで、入山しなくとも門に近づくだけでスタンプはゲットできた。



三井寺の近くに、琵琶湖疎水が流れている。この先のトンネルを通って、琵琶湖の水が京都に向かっている。土手には桜の木がズラリと並んでいて、もう2~3週間もすれば、さらに美しい景色が楽しめそうなところだ。



次なるスタンプポイント大津駅を目指していると、曳山展示館を発見。13基の豪華絢爛な曳山巡行がある、毎年10月開催の大津祭は湖国大津を代表する伝統ある祭礼だ。京都の祇園祭と似ているが、曳山にカラクリが施されていたり、チマキを撒いたり、異なる点が多い。ルーツは同じなのかもしれないが、独自の発展を遂げたようだ。



明治時代、ロシア皇太子が現役警官に襲撃されるという大津事件の現場。大通りでの事件とばかり思っていたが、意外にも現場は大通りから一筋入った比較的細い道沿いだ。行政からの圧力に屈することなく、法に忠実に犯人を裁いた司法の独立を達成する機会になったと言われる。



大津市のマンホールのなかには、1998年の市政施工100周年を記念して作成されたと思われるマンホールが見られる。各地のマンホールを観察、写真収集しているが、自己流評価では、このマンホールは最悪の部類に入る。とにかくゴチャゴチャと大津市の名物を多数盛り込みすぎ。さらに難解なのが右下の犬。前足が赤いところがミソらしく、ワン・ハンド・レッドと100周年を掛けているらしいが、あまりの酷さに呆れるしかない。。



ところが、このマンホールがバージョンアップされたようだ。大部分は以前のままだが、とっくの昔に無くなってしまった観覧車は丸っこい下水マスコット(たぶん)に置き換わり、赤脚の犬も大津市のマスコット、大津ひかる君にすり替わった。



 もっとも、大津市には大津絵をモチーフにした落ち着いた絵柄マンホールも、たまに見かけることができる。これをメインにする方がいいと思うのだが・・・。



さて、JR大津駅でも無事デジタルスタンプをゲットし、滋賀県庁前を通って、南下を続ける。



建物の老朽化により、もう10年近くも閉鎖されている滋賀県立琵琶湖文化館。琵琶湖岸に建つユニークな建造物なんだけど、一体この後どうするつもりなんだろう・・・。



スタンプポイントにもなっている膳所駅の近くにある源義仲の墓がある義仲寺に立ち寄る。乱暴者のイメージが強くて現在では人気は高くないが、松尾芭蕉は義仲に心酔していて、義仲の墓の隣に自らの墓を作らせたほど。戦上手で忠臣も多く、平家物語などで実態が捻じ曲げられているのかもしれない。




JRのスタンプラリーだが、平行して走る京阪石山線の風情に心惹かれる。膳所本町の駅舎も昭和が色濃く残っている。



石山の近くに、今井兼平の墓がある。義仲と最期を共にして、壮絶に散った勇将だ。



石山駅でスタンプをゲットし、いよいよ瀬田の唐橋を渡って琵琶湖東岸へ。「唐橋を制する者は天下を制す」と歴史上数々の戦いが繰り広げられたり、「急がば回れ」の語源ともなったり、逸話やエピソードに事欠かない古橋だ。



せっかくなので、国道1号線ではなく、旧東海道の標識に従って進む。英語表記の、Ancient Route というのは、適当なのかなぁ・・・。Ancientとは、千年以上も前のことのように感じるのだが・・・。



大津市内の旧東海道には、さほど面白いものも見当たらず、結局国道1号線をテクテクと歩くことになる。スタートして4時間ほども大津市を歩いていたことになるが、ここでようやく草津市に突入する。



南草津駅でスタンプをゲットし、草津駅に向かう。草津の町中に入ると、旧街道の色合いが急に濃くなる。



旧東海道も少しずつではあるが、さらに雰囲気の良い街並みにしようとしていることが判る。時計屋さんなども、旧街道の商家風に改装されている。



スタンプポイントになっている草津宿本陣。細川越中守宿との表札があげられている。もちろん細川の殿様だけがここを使っていたはずもないが、肥後熊本からの参勤交代って考えるだけでもゾッとするほどの長旅だ。



草津宿の北端で、道は草津川の下をくぐる。草津川は有名な天井川だが、宿場町に水害が及ぶようなことは無かったのだろうか。



色々と歴史的な雰囲気を高めるものが目に付く草津宿。江戸期のものばかりではなく、明治初期のデザインの郵便ポスト(書状集箱)なども見られる。驚いたことに、今も現役のポストとして活躍中だ。



マンホール風の道路標識。東海道本線とは異なり、江戸時代以前の東海道は草津で東に折れて伊勢方面に向かう。ここで中山道が分岐して、琵琶湖東岸を北上する。



 昨日のゴルフの疲れなのか、体が重く、草津駅で終了。全行程の3割ほどしか進んでいない。
来週末でイベント終了というのに・・・。ゲットしたデジタルスタンプは7つ。観光ポイントは写真だが、JR駅はホームの駅表示を模したスタンプになっている。



歩行距離は19km強。歩数は30000歩ほどに及んだ。



それにしても、このスタンプラリーでは、スタンプポイントに近づくと、スタンプを取得できる仕組みになっているのだが、GPSの誤差を考慮して、少々甘目にスタンプポイント到着を判断しているようだ。ということは、観光ポイントはともかく、駅のスタンプは電車に乗って、駅に近づいたところでリクエストをすれば容易にスタンプゲットできそうな気がする。