金剛山(千早赤阪村・御所市)

 2026年5月22日


先日水越峠から大和葛城山に登った際、長らく金剛山に登っていないことを思い出す。大和葛城山のツツジも終盤となり、落ち着きを取り戻した水越峠の公共駐車場からダイトレ道で金剛山を目指す。



昨日はほぼ終日雨が降っていたけれど、今日は終日曇りの予報。しかし、周囲には霧が立ち籠め、さらに小雨が降ってきた。まあ、暑いよりマシと考えて進んでいったものの、雨脚はどんどん強まってきた。



金剛水と呼ばれる湧水の前にあるベンチで堪らずリュックを下ろす。もうすっかりグッショリだ。遅ればせながら、粗品で貰ったレインポンチョを取り出す。簡易なものだけれど、まさか雨がこれほど強く降るとも思わず、こんなものしか持ってきていない。



画像では判らないけれど、結構しっかりとした雨が降っている。他のハイカーの多くは傘を差している。登山でも道が広ければ傘が結構有効だとは聞くけれど、片手を取られてしまうことにどうしても抵抗を感じてしまう。



小さな小屋が現れた。雨というより、通気性がほとんど無いレインポンチョの蒸し暑さに耐えきれず、雨宿り。電波が入らないので、この先の天気予報や雨雲レーダーの様子を知ることができない。行くか戻るか、かなり長い時間悩む。



雨脚が弱まった訳ではないけれど、何人ものハイカーが続々と登っていくのを見て、意を決して進んでいくことにする。が、小屋を過ぎると、ダイトレ名物の階段が延々と続く。



金剛山に1600回登ったという75歳の強者としばらくご一緒する。普段なら気にも留めない草花などの話をしていただけるのは有難いけれど、ポンコツハイカーには付いていくだけで精一杯。心拍数はレッドゾーンに入るし、レインポンチョの中が超蒸し暑くなる。



金剛山、葛城岳は後回しにして、涌出岳の山頂を目指す。標高は1112m。YAMAPでは、以前近くを通っただけでピークゲットしたことになっていたけれど、実際に山頂に登るのは初めてだ。



湧出岳に登りたかったのは展望塔を見たかったから。真新しい電波塔の隣に古い鉄骨製の展望塔が立ち、先端には灯りが付いているという。展望塔とはいうけれど、柵に囲まれて登れない。高さ25m、燭光400W。大して強力な光ではないけれど、夜間には結構目立つそうだ。



幸い雨が降りやんだので、無人の湧出岳でのんびりと昼食を採り、あらためて金剛山のメインゾーンに向かう。史跡金剛山と刻まれた石碑がある大鳥居を潜って進んでいく。



雨は止んだけれど、霧が凄い。樹齢600年と言われる仁王杉も深い霧の包まれ、木の先端が見えない。



裏参道のブナ林のなかを進んでいく。野鳥がたくさん棲息しているところなんだけれど、さすがにこの雨模様では鳥もどこかでおとなしくしているようだ。



葛木神社。葛木岳(1125m)山頂はこの神社の境内にあって立入ができない。もっとも拝殿の横には、「金剛山頂(2026年5月22日)」の登頂記念板が立っている。広い意味ではこの辺りは全て金剛山なのだし、葛木神社の山号が金剛山なのだから間違っている訳ではない。



金剛山頂(1125m)の山頂碑が立つ国見城址。山頂の主だった施設はこの付近に固まっているので、最も人の多いところなんだけど、今日はかなり閑散としている。摂河泉の各国を見渡す千早城の詰め城として楠木氏が城を築いたところだけれど、霧のため何も見えない。



太尾尾根コースで下山する。さほどの難路ではないと聞いてはいるけれど大丈夫かぁ? 雨のせいで泥濘が酷い。進んでいると、「この先で事故発生」の標識が立っている。よく見ると、違った道を進んできてしまったようだ。ダイトレと違い、標識類がかなり少ない。



雨は完全に上がったようだけれど、足元が緩く、霧は相変わらず濃い。未知の道を歩くには随分と心細い天候だ。



大日岳山頂(1094m)。山頂碑も立派だけれど、有難いことにベンチがある。ここにきて足腰の疲れを強く感じる。一旦座り込むと再び歩きだすのが億劫になってきた。



どうも道が不明瞭だ。たぶんどっちに行っても同じだろうと思うんだけれど、もし誤ると厄介なことになる。YAMAPのマップを頻繁に確かめながら、進む方向を確認していく。



六道の辻。六つの道が合流した地点かと思っていたけれど、どうやら仏教用語の六道のようだ。天道、人道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の6つの世界への分かれ道ということだろうか。間違った方向に進めばとんでもないことになることは理解できる。



尾根は狭いし、路肩は緩い。フラフラと歩くことなく、緊張感をもって進んでいかねばならない。



太尾塞跡。かつての山塞の跡のようだ。楠木正成に関連するものだろうか。どうやらこの先からかなり厳しい下りになるようで、砦の適地であると納得させられる。



急斜面が続く。厄介なことに地盤が緩く、急坂で体を支えてくれるストックが深く突き刺さってしまう。あれだけウンザリと言っていた階段だけれど、こういう斜面を目の当たりにすると階段の有難さが身に染みる。



西尾根と東尾根の分岐点を右に進み、太尾東尾根へと入る。地図で見る等高線は狭い。道は狭く、地面はぬかるんでいるし、足腰には疲労が溜まっている。滑って転ばないようにしなければならない。幸い要所にはお助けロープが張られている。



随分とスローペースでの下山になったけれど、やっとのことで下山完了。最後は知らぬうちに地図上の登山道を外れてしまったようだけど、何と下りてきたのが車を停めた公共駐車場だった。



距離9.8㎞、登り獲得標高840m。所要時間は6時間20分。最後は涼しくなり、長袖の薄手のセーターを羽織る。着たり脱いだりを何度も繰り返した山行だった。登山靴とズボンの裾はドロドロだ。




名人戦大盤解説(高槻市)

 2026年5月17日


5月中旬というのに、早くも連日真夏日の予報。既に山に行くには暑すぎる。ということで、以前から一度は行ってみたいと思っていた将棋のタイトル戦の大盤解説会に出掛けることにする。うまい具合に最高峰のタイトル、名人戦の第4局が高槻で開催されるのだ。



まだ23歳だというのに、タイトルを総ナメした藤井名人に挑戦するのは糸谷九段。生来の判官贔屓に加え、登山を趣味にし、対局中も離席ばかりしてアチコチ歩き回ることで頭を整理するという糸谷九段に強い親近感を持っているのだけれど、ここまで3連敗だ。



始めてのことなので、どれほど混み合っているのか、B席2000円が高いのか安いのかも判らないまま、ネット予約したのは7連戦の第4局めの第2日。藤井名人がこれに勝てばタイトル防衛となり、既に3連敗中の糸谷九段にとっては崖っぷちの大一番となる。



一昨年、大阪市福島にあった関西将棋会館の誘致に成功した高槻市は、将棋の町として、将棋の普及・発展に力を尽くしている。高槻市のマスコットキャラクター「はにたん」と渡辺前名人が共演するマンホール。作者は漫画家としても知られる渡辺前名人の元の奥様だ。



高槻市営バスのラッピング車両。藤井名人をはじめ、将棋界を牽引する超有名棋士たちがバスの内外に顔をそろえている。



大盤解説会の会場は、高槻城跡にある芸術文化劇場。木をふんだんに使った暖かさのあるデザインだ。名人戦はこの劇場の地下にあるスタジオで開催されれているようだけれど、無論立ち入りはできない。1階にある1500人ほどを収容するホールが大盤解説会の会場だ。



大盤解説会の状況。8割くらいの入りだろうか。10時に開会し、1時間ごとの休憩を何度も挟みながら、別室での対局状況とともに、多くの棋士が入れ替わりながら戦局の分析と予想をする。



解説の稲葉八段と大橋八段。局面の解説は半分、残り半分は、将棋界や対局者のの裏話。10時間~11時間にも及ぶ長丁場だけに、のべ20人ほどもの棋士・女流棋士が交代しながら解説役を務めている。



すぐそこで対局が行われているんだけれど、イマイチ臨場感は感じられない。正直言ってネットで見ている方が見やすく、判りやすい。特に対局の映像は小さく、表情も読み取れない。名人戦のヒリヒリするような緊張感を味わいたかったのだけれど、その点は残念だ。



1時間おきに休憩があるものだから、それをアテにした屋台も出ている。高槻の新名物?「うどん餃子」なんてものが売られている。



3つで500円。餃子の餡を皮で包むのではなく、そのまま焼いたもの。餡の中には細かく刻んだようなうどんが練り込められている。美味しいけれど、予想通りの味だし、ちょっと高いなぁ…。



将棋関連のグッズや、高槻名物のお菓子の売店も並んでいる。将棋グッズといえば、棋士が揮毫した扇子が定番だったけれど、今では棋士のアクリルスタンドやキーホルダーなど、様々なものが製作されていて、かなりの人気を博している。



楽しみにしていた「次の一手クイズ」。3問出題されて、正解は1問。難解な局面ばかりが続くだけに、正解は容易ではないし、さらに抽選に当たって賞品を貰うことはなお難しい。



残念ながら、応援していた糸谷九段は奮闘及ばず20時前に投了。藤井名人のタイトル防衛が決まった。インタビューなどを聞き終えて会場を出たのは21時頃。11時間も会場にいたことになる。新鮮な経験だった。

大和葛城山(千早赤阪村)

 2026年5月12日


超混雑との話を聞き、毎年見送ってきた大和葛城山のひと目百万本とまで言われるツツジを見に行く。平日でも早朝に駐車スペースが無くなると聞くけれど、早朝からの登山者が下山して帰る正午頃が狙い目では、と考えたのが大正解。水越峠の公営駐車場を確保できた。



駐車したのはダイトレ道と青崩のほぼ中間地点。ダイトレで登ると階段地獄が待っているので、一旦少し下って青崩から天狗谷を登っていくことにする。道端には薄紅色の華麗な花が咲いている。ハナミズキだ。幸先からイイ感じだ。



天狗谷を登っていくと、何やら小さな赤い花が群生している。登山道を外れて見に行くことができないのが残念。金剛山が聳えているのもイイ感じ。正午過ぎの入山、しかも未踏破の天狗谷を行くことが不安だったけれど、気分はいい。



登山道の標識。葛城山⇔葛城登山口バス停とあるけれど、バスは随分前に廃線になってしまった。10年ほど前、ダイトレを3日に分けて踏破した際も、南海紀見峠駅と金剛バスの水越峠バス停が中継点だった。バスが無くなり、ダイトレの踏破は更に難度が高まったと思う。



気持ちのいい杉林のなかをテクテク歩いていく。あまり時間的な余裕はないけれど、無理はできない。一昨日の音羽三山縦走の疲れも残っているし、何より下山時に右膝の痛みを感じたことが気になる。もし右膝に電気が走るようなことがあれば撤退しよう。



序盤こそ呑気に歩いていたけれど、天狗谷という怖ろし気な名を持つ道だけに、徐々にその本性を現してきた。まずは渡渉や沢歩きが始まった。



続いては岩ゴロゴロ、倒木の目立つ荒れた道がお出迎えだ。谷道だけあって、日当たりは悪いので、あまり暑く感じないのが救いだけれど、確実に体力が削られていく。



でもって、大キライな階段が始まる。息が続かず、脚への負担も大きい。どこか休めるところが無いかと思うけれど、適当な場所がない。時間的に下山者が多い。ハイカーが少なければ、階段の上とか、適当に座りこむんだけれど、そんなみっともないことはできない。



鎖場も現れた。まあ大した難所ではないけれど、この先どうなるのか、不安はさらに大きくなる。地図を見ると、この先さらなる急勾配が待ち構えているのだ。



石ゴロゴロ道で、膝に違和感を感じ始める。電気が走るほどではないけれど、もはや容易に撤退できないところまで来ているのだ。できるだけ頻繁に休みを取り、右膝の周囲にマッサージを施し、誤魔化していくしかない。



木段も荒れてきた。股関節に古傷を持つ者への意地悪と思わせるほど、脚を大きく広げて歩かなければならない場面が増えてきた。



出た~。エンドレスとさえ思える階段地獄。道幅一杯に階段が設けられているのが、有難いようで、実は有難くない。階段の横の隙間にある坂を上り降りする方が、太腿への負担はかなり少ないのだ。



気のせいか、樹々の上に空が広がり始め、山頂部が近いことを暗示しているようなのだけれど、全然到着しない。悪い癖だけれど、山頂到着を突然に驚きたいので、山頂に近寄るとスマホのGPSは見ないようにしているのだ。



14時に大和葛城山山頂(958m)到着。遅い入山ではあったけれど、山頂でゆっくりする時間はありそうだ。平日だというのに、山頂碑周辺は人で一杯。こんな混雑した大和葛城山は初めてだ。平日なのでシニアばかりかと思いきや、若者が目立つ。



さあ、山頂の南西に広がるツツジ園を見に行こう。群生地の外側にもツツジは多い。金剛山をバックに花の赤さを誇っているかのようだ。




光の加減だけでなく、ツツジにも微妙に色の違いがある。ピンクっぽいもの、深紅のもの、オレンジに近いもの…。いろいろあって、どれもいい。



高原状の山頂部一面にツツジが咲き誇っている。百万本、というのは少々大袈裟なようにも感じるけれど、数えられないほどあることは確かだ。これほどのツツジ園は他にはそうそう無いだろう。



このツツジ、植樹されたものではなく、自生なんだそうだ。山頂部を支配していた笹が一斉に枯死した後、ツツジが爆発的に繁殖したらしい。1970年頃のことらしい。



ツツジ園というけれど、境界がある訳でもない。あちらこちら歩きまわりながら、何枚も写真を撮り続ける。



厳しく見れば、少しピークは過ぎているのかもしれない。少し枯れ始めているものも見られる。先週の土曜日がピークだったという声も聞こえてきたけれど、これで充分、大満足だ。



人は多いんだけれど、人が入り込まない写真を撮ることはさほど難しくない程度の混雑具合。まあ、それだけツツジ園が広いとも言えるんだけれど。



名残り惜しいけれど、ツツジ園を後にして、ダイトレ道で水越峠に戻ることにする。階段地獄のダイトレ道は痛めた膝にはとても辛いことが予想される。ゆっくり確実に下っていくことにしよう。



ダイトレ道を少し下ると、奈良盆地が一望できるところがある。おそらく正面に見える三つの山が一昨日登った、音羽三山に違いない。



さあ、階段地獄の始まり。記憶していたよりもかなり段差がある。昔はスイスイと下っていたような気がするんだけれど、今では、ドスンドスンという感じでしか下れない。膝に悪いこと、この上ない。



「危険・急な坂道」とある。もう勘弁してくれ~。しばらくは膝を休める期間が必要になりそうだ。もう15時台だというのに、重装、軽装、ソロ、カップル…様々なハイカーがまだ大和葛城山を目指して登って来ることに驚かされる。



距離8.6m、登り獲得標高810m。所要時間は4時間20分。遅い出発時間にはなったものの、頂上で充分ツツジを楽しむ時間を取れたし、16時前に下山できた。膝の具合はちょっと不安だけれど、上々の出来だ。