亀の瀬地すべり&三室山(柏原市・生駒市)

 2026年3月15日


大阪・奈良の県境の亀の瀬と呼ばれる大和川北岸はかつて大規模な地すべりが起こったところだ。奈良の三郷駅から地すべり歴史資料室の見学ツアーへと向かう。三郷駅前には、「もう、すべらせない!!」というかなりパンチ力のあるマンホールがある。見学が楽しみだ。



菜の花が咲き乱れる大和川の北岸を西へとブラブラ歩いていく。近所のご婦人だろうか、両手に大量の菜の花を抱えておられる。おしたしにしても、炒め物にしても美味しいもんね~。



河口まで25.6㎞の標識がある。三郷駅から大和川河口まで歩いたのが12年前のこと。川沿いに道が無いところもあったりして結局30㎞ほど歩いた。当時の記録を見直すと所要時間は7時間半ほど。今では考えられないペースだ。



大和川は奈良盆地のいくつもの川が王寺あたりで全て集合し、金剛山系と生駒山系の間を流れている。奈良盆地唯一の水の出口といってよいだろう。それだけに地すべりなどで大和川が塞がってしまうと、奈良盆地の水はたちどころに行き場を失う。



平城京と河内・難波を結ぶ官道として整備されたという龍田古道を歩いて、県境を越える。大阪府知事が掲示する「地すべり防止区域」の看板があちらこちらに立てられている。地すべりを増長させるような土地の形状変更や地下水に影響を与える行為が禁じられている。



大和川沿いを歩くのかと思いきや、川の北岸には道はなく、寂しい峠道を30分ほど歩いて、「亀の瀬地すべり歴史資料室」にやってきた。元々は地すべり対策工事の現場だったようで、広い駐車場を備えた広大な敷地だ。もっとも建物は至ってシンプルだ。



地すべりを防ぐための深礎杭。大きなものは直径は6m以上の鉄管にコンクリートを流し込んだもののようだ。この地域には何十本もの杭が深さ100mほどまで打ち込まれているらしい。



最近国交省が推進しているインフラツーリズムの一環として、亀の瀬地すべり対策に関しても各種の見学ツアーが開催されている。歴史資料館での説明を終え、排水トンネルの見学へ。よく見るとトンネルの入り口には亀が描かれている。



とにかく地下水を溜め込まずに、さっさと排水することが大切らしく、このような1㎞以上にも及ぶ排水トンネルが何本も作られているらしい



集水井。水を貯め込む井戸だ。深さは60mほどもあるようだ。上から覗き込めるんだけど、中は暗く、底まで見通せるものではない。ここに溜めた水は適時大和川へと放流されるようだ。



近年の地すべりで有名なのは昭和7年のもの。大阪・奈良を結ぶ鉄道のトンネルが圧し潰され、長らくこの間は徒歩移動を余儀なくされたそうだ。皮肉なことに地すべりや亀裂の現場を見るため大勢の観光客が押しかけ、一時的にこの地域は随分賑わったらしい。



復旧は到底不可能と、トンネルは放棄され、大和川南岸に新たに新線が敷設されたのだけど、近年地すべり対策工事を行っていたところ、崩落を免れたトンネルの一部が発見された。通常入口は施錠されているけれど、ツアーに参加すれば内部見学できるのだ。



煉瓦積みのトンネル。単線が通れるだけのギリギリの幅だ。当時の蒸気機関車が吐き出した煙が黒くこびり付いているようだ。ツアー参加者は20名ほどと少人数なので、トンネルの中は静かで、特別な空気感がダイレクトに伝わってくる。



しばらくトンネルを進むと生々しい崩落の跡が現れる。ここから先には行けない。



トンネルのなかでプロジェクトマッピングが始まった。奈良時代の貴族の行列とかつてここを走っていた列車などが次々と現れる。10分ほどの放映だったけど、想像していたよりも随分と迫力がある。動きも早く、ひょっとしたら気分を悪くする人もおられるようにも思う。



龍神神社。難波津から大和川を遡上する舟運はここまでで、荷卸しが行われたところらしい。かつて水夫たちが運行の安全を祈った場所だという。



名物の亀岩は多分これ。標識が立っている訳ではないので、自信が持てない…。見る角度によっては亀にはとても見えなかったりもする。山にも亀岩は多いけど、川にも多い。ひょっとして日本中の岩の名称では一番多いのではなかろうか。



地すべり区域を下から見上げる。さほどの勾配ではない。かつての火山活動の関係ですべり面ができるらしく、崖崩れとは違って、小さな亀裂が生じたり少しずつ地面が動くことから始まり、長い時間をかけて地面が動くという。



見学ツアーを終え、地すべり区域を上に登ってみることにする。道端には、いくつもの集水井が見られる。見学ツアーで立ち寄ったところ以外は、立入禁止になっているようだ。



仁川の地すべり対策施設を以前見学したことがあるけど、確か地すべり区域には芝桜が植えられていた。こちらでは立派な桜の木が何百本も植えられている。既に満開となっている木もある。あまり桜の名所としては聞いたことはなかったけど、凄いことになりそうだ。



地すべり区域を上まで登り、尾根道を三室山へと向かう。結構な山道だ。街歩き用のスニーカーでやってきたのが悔やまれる。



東に向かってダラダラと下ってきたはずなのに突然三室山(137m)の山頂。地理的には山頂ではないはずだけど、かつては龍田神社の本宮があり、万葉集などにも数多く登場するなど、古来特別な場所だったところだ。今では町を見下ろす展望台もあり、公園化している。



ここの桜もなかなか見事。地すべり見学でこれほどの桜を満喫できるとは思っていなかった。



最後に三室山古墳に立ち寄る。約20m四方の同サイズ同構造の方墳が2つ並び、それぞれに石室が2つという他に例のない双墓双室古墳だ。開口部から中に入れるようだけど、おっかなくて入れない。七世紀前半というから聖徳太子の時代のものだ。被葬者が気になる。



距離6.8㎞、登り獲得標高325m。所要時間は地すべり歴史資料館でのツアーを含めて3時間50分。軽く見に行くつもりだったけど、想像以上に迫力のある地すべり関連施設を目の当たりにしたことに加えて、満開の桜も見ることができて、満足感の高い見学&山歩きだった。



社家郷山・行者山(宝塚市)

 2026年3月13日


先日の二上山で膝の具合がまずまずだったので、もう少し厳しい山歩きをしてみよう。ということで選んだのが、逆瀬川から社家郷連山、六甲縦走路を経由して行者山から下ると言うルート。急峻な地形のため、すぐに水が涸れる逆瀬川に沿って走るバスで登山口へ。



まずは樫ヶ峰へ。ここの階段が凄く急峻なのだ。行者山から登ってもやはり急峻。これだけアクセスが良いところなのに、イマイチ人気が無いのは、たぶんこの階段にウンザリさせられるからじゃないだろうか。



膝の具合を確かめながら、せっせと階段を登っていく。ここまっで段差が高いと膝より古傷の右股関節の方が痛まないか心配だ。西宮カントリーのグリーンでは常に甲山の方向に芝目があると言うのは常識だけど、高所から鳥瞰するとその意味が理解できるような気がする。



この辺りは花崗岩質の山が連なる。階段が終わると半ばザレた斜面を滑らぬように登っていかねばならない。西宮カントリーの造成も花崗岩が多くて大変だったと聞く。



登り始め得て40分ほどで樫ヶ峰(455m)。4年振りに登ってきたけれど、その時より山頂の看板はさらに読めなくなっている。確か「甲山より150m高い」なんて書いてあったはずだ。勝手に山頂碑をアチコチに張り付ける人さえいないようだ。



社家郷(しゃけごう)山、小笠峰に向かって尾根道を縦走する。正面にみえる山並みは六甲全山縦走路で通過する山々。右奥に見えるアンテナの立つ山は大平山に違いない。



途中尾根を下る分岐の標識もあったりするけれど、標識は読めないし、ザレザレ感がひどく、YAMAPにさえ表記の無い道なので、とても進む気になれない。



社家郷山(489m)。この辺りの連山の主峰だと思っていたけれど、実は隣の小笠峰の方が高いようだ。



かなり年代ものの西宮市の境界標識。この尾根は西宮市と宝塚市との境界なのだ。ここの山道が整備されないのは、宝塚と西宮が相互に牽制しているのでは?と思っているけど、どうなんだろう。もっともこの境界標識は同じものを甲山でも見かけた。一体何なのだろう。



小笠峰(490m)。この連山では最高峰ということで、ちょっと新しい標識が付けられている。しかし眺望は全くない。登山開始から1時間ちょっとで3座もピークハントし、気分はいい。膝の具合も悪くない。



ここから小笹峠に向かって、急坂を下っていく。このあたりから風が強く、山全体が唸り声を上げているように感じられる。



小笹峠からはしばらく舗装道。西宮市道山第436号線などという名称になっているけれど、盤滝トンネルが開通する前は県道だったはずだ。バイパスのトンネルができたせいで、ほとんど車は通過しない。もっとも道路脇には不法投棄が多く、気持ち良くとまではいえない。



舗装道を登り、六甲縦走路まで登ってきた。大谷乗継と呼ばれるところだ。標高はおよそ500m。ここからは六甲縦走路を東へと向かう。



六甲縦走路の東側はほとんど眺望が開けるところがない。アップダウンは少ないとはいえ、あまり楽しい道とは思えない。時折り樹々の間から、先ほどまで歩いていた社家郷連山が見えるけど、全体がくっきり見えるところは無い。



小さな壺型の白い花が咲き乱れている。おそらくアセビだ。漢字では馬酔木と書くように、馬でさえ調子を崩す毒性を持つという。触るくらいなら大丈夫とはいうけれど、眺めているだけにしよう。



眺望は無いけれど、六甲山系のメインストリートだけあって道はいいんだよなぁ。膝のことなどすっかり忘れて、どんどん歩いていける。もっともベンチもないし、昼食を食べるために座り込む場所を探すのには苦労させられる。



300m歩けば岩原山とあるけれどパス。いくつもの山頂を丁寧に拾っていく六甲縦走西側と異なり、東側の縦走路はほとんどの山頂から少し離れたところに道がある。譲葉山なんて東峰とか西峰とかピークが5つほどもあるから、全てに立ち寄っていたらひどく時間がかかる。



譲葉山を越えたあたりで六甲全山縦走路を外れて行者山へと向かう。一級国道から村道へと入ったような寂しさを感じるけれど、路面はさほど悪くはない。



以前にもやってしまったように、今回も道迷いしてしまう。狭い範囲に多くの枝道が交叉しているため、YAMAPを見ながらでも違う道に入り込んでしまいがちだ。



行者山(415m)。山頂にはキャンプファイヤーのように石が並べられているけど、これは何なんだろう。山名が山名だけに、護摩のような修行のための何か❔などと勘繰ってしまうけど、そんなに大層なものでもない。



さあ、最後は行者山東観峰。見るからに花崗岩質のザレた山だ。さすがに疲れてきて、意外と距離があるように感じる。



行者山東観峰。東峰ではなく、「東観峰」と名づけられているだけあって、宝塚の市街地から阪神競馬場など、猪名川沿いの町々が手に取るようによく見渡せる。



さあ、問題はここからの下り。現地案内図にあるように東に下っても南に下っても標高線の間隔はひどく狭く、急坂が予想される。以前は東から登って急坂にへこたれたのだけど、東も南もあまり変わらないようだ。



始めての道となる南への道を下っていくけれど、やはり激坂。それでも要所にはロープや階段が設置されているのが有難かった。



距離8.8㎞、登り獲得標高700m、所要時間は4時間40分。風が強く、肌寒い日だったけど、総じて快調。後半は膝のことなど忘れて歩くことができた。