室池~生駒・石切縦走(四条畷市、大東市、東大阪市)

 2026年5月4日


四条畷市の逢坂までコミュニティバスに乗り、生駒山地を南北に縦走する。意外なことに他市と異なり生駒山地を完全に取り込んだ四条畷市の真ん中あたりになる。鎌倉時代の五輪塔が今も残る、行基が作ったという大和と河内を結ぶ清滝街道を越えて南へと進む。



吊り橋を渡って、おおさか府民の森のひとつ、むろいけ園地に入場。府民の森の大半は東河内の生駒山系にある。大都市近郊ながら、自然と触れ合える広い空間を整備している。一方で北摂には下手な住宅開発で貴重な自然をぶち壊したところが多いように感じる。



ここから生駒山系を南に縦走し、東大阪市の石切を目指す計画なんだけど、途中これまでは無視してきた小ピークを獲っていくことにしたい。園地にあるアスレチック設備を横目に見ながら階段を黙々と登っていく。



小ピークと舐めてかかった訳でもないんだけど、昨日の雨でぬかるんだ路面に苦労し、道に何度も迷いながら、ようやく清滝山(361m)に登頂。小ピークが2つ並んでいるためか、眼鏡山という別名もあるようだ。序盤早々、結構なエネルギーを消費してしまった。



始めて見たような気がする。野球ボール大の白い花蕾が気になって調べてみると朴木のようだ。晩秋になると登山者の足を滑らせる見覚えのある大きな葉の上に可愛くも凛々しい花がまさに開こうとしている。



園地で生物調査をされておられる方だろうか。片手に大きなシマヘビを掴み、腰の籠には何匹ものカナヘビが入っている。少しお話を伺うとヤマカガシが出たそうだ。ヤマカガシって腹が赤いというけれど、実のところ色彩変化をして黒っぽいのも多く、見分け方は難しい。



湿地を護るため木道が整備されている。湿地には棲息する様々な生き物の多くは蛇が好むもののはずだから蛇がいて当然。闇雲に排除することは生態系を崩すばかりなんだけど、蛇を見た来園者の一部から厳しい苦情が入ることは十分に想像できる。園地の管理って大変だ。



室池。18haもあるらしい。東京ドーム4個分ということになる。説明板を読んで驚かされたのは、かつてここが氷室池と呼ばれていたということ。冬に張った氷をどこかこの辺に保管し、夏には平安京まで運んだそうだ。室池の室って氷室の室だったんだ。



再び道を外れて南野山(332m)のピークを獲りにいく。事前に地形図を見て、たぶん眺望が無いってことは判っていたけど…。それでも山頂標があるだけ、一昨日の金剛童子山などより訪問者が多いということだろうか。何故か神社のお札も張られている。



むろいけ園地を出て、生駒縦走路を南へと進む。11年前にも同じ道を歩いていて、その際に撮った写真と同様、相変わらず木段の抉れがひどい。もはや階段ではなく、土留めというべきかもしれない。ハードル競技のようにひとつずつ超えていかねばならない。



それでも平坦なところまで登ってくると、とても気持ちのいい林道が現れる。つい先ほどまでブツブツ文句を呟きながら歩いていたことなど、すっかり忘れて美味しい空気を胸いっぱい吸い込む。



突如阪奈道路が現れる。少々興覚めではあるけれど、奈良と大阪を結ぶ東西の基幹道路だから、仕方ない。横断歩道まで迂回するのが邪魔くさいけど、歩行ばかりか横断も禁止になっている信貴生駒スカイラインのことを考えれば、当たり前のことなのに随分と有難い。



ハルジオンが咲く畦道を進んでいく。ハルジオンとヒメジオンの違いは未だに良く判らない。でも、どうやらピンクがかったのはハルジオンと考えて良いようだ。



巨大な弘法大師像が以前から気になっている龍眼寺。立ち寄るつもりが、つい素通りしてしまった…。今回も後ろ姿を拝むだけになってしまった。



何度も訪れたことがあるゴルフ場のすぐ横を通過していく。狭いフェアウェイを右に外すと、手前の坂にボールが吸い込まれるように転がっていく。いったいどれほどのボールをここに打ち込んだことやら…。



昨日の大雨の影響で、路面が随分と荒れたところがある。ここまで歩いてきた道が、いつの間にか粘土質の土壌に変わったせいか、水はけが悪く、川のようになった道を登っていくことになる。



くさか園地に入ると、生駒縦走路が通行止になっている。倒木、落枝があるらしい。通行止を知ってか知らずか、歩いてくるハイカーもいる。今のところ大した倒木ではないのかもしれないけれど、1時間ほど前からムチャクチャ風が強くなっているのが気になる。



風が強く吹き、樹々が大きく揺らぐ管理道を進んでいく。簡易舗装されて勾配は緩やかなようだけれど、明らかに遠回り。古事記にも登場する饒速日(にぎはやひ)山のピークを獲りたかったんだけれど、そちらに向かう枝道にも通行自粛を求めるテープが張られている。



生駒から石切に下る道は、北から、くさか、宮川谷、辻子谷の3ルート。久しぶりに宮川谷を下ることにする。



生駒縦走路の下り口から大阪平野を一望。イマイチくっきりしない。産業活動が止まるGWとかお正月は眺望がよくなりがちなものなんだけど。



宮川谷コースを下る。勾配はキツイながらも、道幅は広く、ベンチも多い。半端な登山道ではないことは間違いないのだけれど、何かおかしい。



やっぱり…。黄色のコースを進むつもりだったのに、青色の道を進んでいる。緑色のドットは、過去にYAMAPの利用者が歩いた軌跡を示している。黄色と青色では登山者数が全く違うことが判る。行けそうだとは思うけど、青色はYAMAPでも登山道扱いされていないのだ。



登山地図にも記載されていない道を行くような達者でないことは自身が良く理解している。鬱陶しいことではあるけれど、再度生駒縦走路に戻って黄色の道を下る。どうやら現地の地図や標識を確認すると、青の道もいずれ黄色に合流するようだ。いつか再挑戦してみたい。



地図にはここが岩坂山(281m)とある。しかし巨大な岩があるだけで、どう見ても山頂ではない。何だかよく判らないけど、思わぬ形でYAMAPの登頂山数を増やすことができた。これで579。登れそうな近場の山はあまり残っていないけど、600は早々に達成したいものだ。



距離11.3㎞、登り標高は478m。ちなみに下りは610m。スタート地点が標高250mほどの逢坂だっただけに、登りはかなり少なめ。所要時間は4時間50分。




金剛童子山・東ノ峰(神戸市北区)

 2026年5月2日


久しぶりの快晴だけれど、GWでどこも混んでそう。ということで、駅チカにも関わらずハイカーが少ない丹生山系に登ってみることにする。六甲山系と丹生山系に挟まれた谷川駅のホームには山小屋風の登山情報コーナーがあるけれど、大半は六甲山系の情報だ。



谷川駅から丹生山系東側にある金剛童子山を目指す。丹生山系でも丹生山など西側の登山路は比較的整備されているけれど、東側はひどく荒れていて、道も判りにくく、山に入って早々に道間違い。誰だって右へと登っていきそうなものだけど、正解は左の細い道なのだ。



道が狭いうえに、草木が道を覆っていて、路面が見えない。早々に上着を脱いで半袖で進む。無防備な腕がかなり掠り傷を負うだろうけど、構ってはいられない。よく見ると、小さな赤いテープが木に括り付けられている。なるほど、これを辿れば良いのか…。



道には何十年も放置されているような廃車があったり、大いに荒れてはいるけれど、危険個所は無い。でも路面には石がゴロゴロしているし、蔓状の根っこがトラップのように足に絡みついてきたり、気が抜けない。



赤いテープに導かれて、ミツバツツジのトンネルになった細いながらも気持ちの良い道を進んでいく。



でも、こんな風に気を抜いて歩いているときほど、道間違いをしてしまう。オレンジの道を北上しなければならないのに、東へと進んでいる。これまで何回、いや何十回、テープを勝手に信用して道間違いをしたことか。いつまで経ってもポンコツだ。



予期していなかったことに、一旦舗装道に出る。この山系に造成されたゴルフ場に続く道だ。以前プレイしたことがあるけれど、フェアウェイばかりか、グリーンまでもが凄い傾斜で、酷く難しかったことを覚えている。



おお、かつてはボロボロに朽ち果てていた神戸市の「太陽と緑の道」の標識が更新されている。でも道標の数は決して多くは無さそうだし、道が整備された訳ではなさそうだ。とにかく、メインの登山道がショボいうえに、枝道が多く、道間違いをしそうなところが多い。



以前も通りかかったことがある「鰻ノ手池」。木に覆われた道ばかりを歩いてきたせいか、久しぶりに広がる空がとても眩しい。それにしてもこの池の名前の由来がさっぱり想像がつかない。鰻はともかく、鰻ノ手とは何なのだろう…。



道幅が広がっても、路面には石がゴロゴロしていたり、倒木があったり、水が流れていたり、と、歩きにくいところばかりだ。六甲山系が花崗岩の山であるのに対し、こちらは流紋岩の山になるらしい。



おそらく何年も放置されたままの倒木を跨いだり、潜ったりを繰り返して進んでいく。落雷、病害、虫害、そして老化。森では毎日のように、木が枯れ、倒れているのに、整備された登山道ばかり歩いていると、倒木は速やかに撤去されるのが当たり前と考えがちだ。



以前もそうだったけど、最後は道のような道出ないようなトコを攀じ登って、金剛童子山(565m)に登頂。判ってはいたけれど、三等三角点があるだけ。ベンチどころか、山頂標さえ見当たらないし、眺望もない。



金剛童子山から再び悪路をゴルフ場方面に下る。この後は城山とも呼ばれる東ノ峰に向かう。どうせ赤松の城だろうと思っていたけれど、新田義貞配下の金谷経氏が赤松の牽制のために築いた城らしい。経氏は東ノ峰~金剛童子山~丹生山と城郭を設けていたようだ。



シャガの花が咲いている。漢字で書けば、射干、著莪、胡蝶花。どれも覚えられない。アヤメの仲間だというが、控え目で淡い紫色が印象的。優雅で上品な花だ。



どうやら東ノ峰にはこの道を進むようだ。YAMAPでは実線になっている登山ルートだけれど、かなり荒れている。こういう道、疲れるんだよなぁ…。



空が見えるのは池の周囲だけ。自然の池か溜池なのかは判らないけれど、なんだかホッとする。空が見えることで、歩くエネルギーが沸いてくるものだと痛感する。



不鮮明な道に手こずり、道間違いを繰り返し、体力・精神両面での疲労蓄積が著しい。座り込むのに適当な岩や丸太が見当たらず、堪らず道の上に座り込む。頭上を見上げても、生い茂る若葉ばかりで空は見えない。青葉を疎ましく感じることなど滅多にないのに。



ふと気づけば、進もうとする方向が正解であることを示すかのように、乱暴な赤い矢印がペンキで書かれている。何か文字があったようだけど、そちらは読めない。アテにしすぎるのは良くないけれど、こんな矢印でさえホッとさせてくれるほど、道が判りにくい



東ノ峰に向かう最後の急登。いい加減疲れてきたぞ。これほどまでに寂しい道だとは思わなかった。



柏尾城があったという東ノ峰(516m)。アチコチ探しては見たけれど、山頂碑は見当たらない。周囲の樹々を伐採すれば眺望も効きそうだ。確かに難攻の城砦だったれど、大した人数を収容できる所には思えない。どうやら、周囲のいくつかの峰に脇砦を設けていたようだ。



何も無かろうとは思ったけれど、10分ほど下って、また登って、柏尾城南砦があったという南峰(513m)に登頂。やはり山頂碑さえ無い。南側の崖まで行けば眺望がありそうだけれど、確かめに行く気にもなれない。



再び東ノ峰に戻り、神戸電鉄箕谷駅に向けて下山開始。しばらくするとようやく眺望が開けてきた。大都市神戸とは思えない山間の町を見下ろす。中央に流れる山田川は六甲山系の北側斜面、丹生山系の南斜面の水を集め、遠く加古川へと流れ込んでいるはずだ。



予想していたとおり、下りばかりの急斜面。周囲はシダや高草に覆われていて路面が見えづらく、足元に気をつけて慎重に歩を進めていく。これまで足腰に疲労が蓄積した最後の下りで何度転倒したことか。体力が衰える一方で、少しずつでも経験値を上げていきたい。



後で判ったことだけれど、この辺りを果樹園にしようという計画があったようだ。確かに南斜面は果樹に合っているようにも思う。その名残というか残骸というか、鉄製のレールが今も残る。登山道を平気で横切っているので、何度もこのレールを跨がねばならない。



距離10.2㎞、登り獲得標高657m。所要時間は6時間10分。予想以上の難路と道間違いの続発で随分と時間がかかった。期待通りほとんど誰とも出会うことのない山行だったけど、新田義貞贔屓ならともかく、この山系って、駅チカ以外の魅力を見出すことができない。