高御位山(高砂市)

 2026年4月16日


「春に三日の晴れなし」とはよく言ったもので、山に行こうとする日に限って雨天となることが続いていたけれど、本日は見事な晴天。13時と遅い時間ではあるけれど、久しぶりに高御位山に登ることにする。鹿嶋神社のチタン製の大鳥居から出発する。



「ただ一つの願い」を祈れば、必ず叶えられるとされるという「一願成就」で知られる鹿嶋神社。膝と股関節が悪化することなく、無事に山を楽しめるようにとの思いで参拝する。



本殿脇の鳥居が高御位山の登山口に。標高300mほどの低山とはいえ、播磨アルプスと呼ばれるほど岩場やアップダウンが多く、ポンコツハイカーには油断できない山だ。と判っているつもりだけど、実のところ午後13時の入山でも高御位山なら全然大丈夫だと思っている。



何度か登ったことがあるのに、どうも様子がおかしい。この山序盤の名所である百間岩やその手前にあるはずの展望台が現れない。地図を見ると百間岩を迂回するような道を進んでいるようだ。巨大な一枚岩の岩場が苦手な人のための道かなぁ、と思いながら進んでいく。



無難な道で百間岩をバイパスできるものと思っていたら、目の前に現れたのは、百間岩よりも何倍もヤバそうな岩場。ポンコツにはちょっと手強すぎる斜度だ。しかも花こう岩ではなく、流紋岩質溶結凝灰岩。かなり滑りやすそうだ。



百間岩は二足歩行で歩けるけれど、ここは全然ムリ。コース取りを間違ったのかなぁ…、四足歩行でさえ危なっかしい。ここまで昨日の雨でぬかるんだ道を歩いてきたせいか、シューズのグリップも効きが悪い。息を整え、気持ちを落ち着かせるために、小休止を繰り返す。



四苦八苦して百間岩に無事合流。鹿島神社の神様のご加護かもしれない。早くも足腰がフラフラし、二足歩行で余裕のはずの百間岩でもたびたび四足歩行モードとなる。加齢のせいだろうか、平衡感覚だけでなく、バランスを崩した際の立て直し力も衰えたような気がする。



こんなはずじゃぁなかった…。午後から軽~い山歩きのつもりが、序盤早々で大ダメージを喰らってしまう。鉄塔が立つ小ピークで長々と腰を下ろし、気力の回復を図る。遠く姫路のタンク群、その向こうには家島諸島まで見通すことができる。



気のせいか、頭がフラフラしているような気がする。膝は悪くはないけれど、股関節は少し痛い。ゆっくりゆっくり歩いていこう。日暮れまでに下山できれば十分だ。草花の生育環境が良いとは思えない岩山だけれど、ミツバツツジがキレイに咲き誇っている。



別所奥山(210m)から、この後歩いていく山並みを望む。標高200~300mとは思えない美しい山並みが続く。ここからの稜線歩きがこの山の最も楽しいところなのだけど、岩場も少なくない。安全第一で歩いていこう。



山々の尾根にこれから歩いていく登山道が白く続いている。あのあたりは岩場だな、結構な急坂だな、などと、以前の山行を思い出し、この先の山行を先取りするような想像を巡らすことができるところが楽しい。



結構尖がってるなぁ…。鷹ノ巣山(264m)だ。確かにいかにも鷹が巣を作っていそうな山に見えてくる。流紋岩質溶結凝灰岩は、大規模な火砕流や火山灰が堆積して溶結したものらしい。そんなことを思い出すと、さらに怖ろしいものを感じる。



相変わらず巨岩が多い。お助けロープもあるので、危なっかしいとは思わないけれど、大きく足を拡げることを余儀なくされるので、痛む股関節には厳しい段差だ。



それにしても天気が良い。いや良すぎる。高木がほとんど無い岩山の尾根道だけに、直射日光を常に浴び続ける。つい最近まで肌寒かったのに、いつの間にか半袖になりたいような気温になっている。



登りもしんどいけれど、より厄介なのは下り。風化してボロボロになった岩肌が続く。露出度が高い尾根道だけに雨水や気温変動の影響を強く受けるようだ。流紋岩質溶結凝灰岩は硬いものの、ひとたび風化が始まると一気に風化が進むものらしい。



下ったと思えば、再び登り。アップダウンを繰り返しながらいくつものピークを制覇していくのが、この山の魅力なんだけど、さすがに疲れてきた。しっかりと休憩を挟んで、一枚岩の岩稜を長尾奥山(262m)に向かって登っていく。



馬蹄形の連山を西から東に歩き、いよいよ高御位山(304m)へ。古来神が降臨した山が伝わるこの山の山頂には「天乃御柱天壇」が設置されている。



山頂の岩頭。かなりおっかない。崖の間際の岩場に座り込んでくつろいでいるハイカーの姿も見られるけれど、とても真似できない。神様のための磐座なんだから失礼というのは建前の理由で、実のところは怖くって端っこから数m以上離れたところから写真を撮るだけだ。



まさに断崖絶壁。関西初のグライダー飛行はこの地で行われたという。グライダーをここまで担ぎ上げてきたことも去ることながら、この崖からグライダーで滑空したことに驚かされる。



高御位神社。650万年前??に金星から隕石がこの地に飛んできて、縄文時代から信仰の聖地だった、など、かなり大胆と思える説明があるけれど、この地に立てば、このような説が生まれることにもチョット納得させられる。



関西初のグライダー飛行という偉業記念する碑が山頂付近に立っている。グライダーを自作・操縦したのは、地元の21歳の青年。飛行距離は300m、飛行時間は30秒だったという。悲しいことに後にプロ操縦士となったこの青年は、航空機事故で若くして亡くなっている。



山頂で長々と絶景を堪能しているうちに気付けば夕刻間近。小高御位山は諦めて、長尾登山口に向かって下山する。振り返ると山頂の迫力ある断崖絶壁が聳えている。よくまあ、あんなトコからグライダー飛行したものだ。300mって、どこまで飛べだんだろうか。



高御位山からの直降ルートなので、斜度はかなりキツイ。間違っても転ばないよう、ポールの助けも借りながらゆっくり下っていく。



この道も岩岩している。しかもどっちに歩いていけばいいのか、とても分かりにくいのだ。通りかかった地元の方に聞くと、分岐が多くて同じ道を歩くのは難しいけど、どう進んでも下山できる、との話だった。



馬蹄形の山々を巡り無事下山。もとより岩場は苦手だけれど、ますます危なっかしくなってきた。そろそろ岩場歩きは卒業(中退?)かも。歩行距離6.5㎞、獲得標高480m、所要時間は事前に想定していた3時間半を大幅オーバーして4時間50分。



多武峰・御破裂山~談山神社(桜井市)

 2026年4月2日


飛鳥の石舞台周辺の桜が見事と聞いて、久しぶりに飛鳥の散策をしようと考えて車で出かけたものの、平日にもかかわらず周辺の駐車場は満車ばかり。止む無く、談山神社までやってきた。紅葉で有名なところだけれど、桜もなかなかだと聞いている。



談山神社に向かうのは後回しにして、この際周囲の山を3つほど制覇することにする。談山神社の西大門跡付近には、「女人禁制」の石碑が残る。当然のことながら明治の初期に撤廃された規則だけれど、「女性の人権の歴史遺物として残す」との説明板がある。



まずは談山神社の南側にある多武峰(とうのみね)に登っていく。これまで談山神社を包含する山域全体を多武峰と呼ぶとともに、山域で最も標高が高い山も多武峰と呼ばれているらしい。



杉の木が真っすぐに伸びる林のなかを快適に登っていく。登っても登ってもずっと杉林だ。杉林の木漏れ日のなかを歩くのはとても気持ちの良いものだけれど、背の高い樹林帯だけに、眺望は皆無だ。



山頂近くには数件の家から成る集落があり、そこに入るには獣除けの電気柵を解放しなければならない。5本ある電線のグリップを外さねばならないのだけれど、この種の電気柵の電圧は数千ボルトだと知ってから後は、グリップ操作にひどく緊張してしまうようになった。



2つの電気柵を通り抜けて山頂部にやってきた。鳥居と祠があるのだけれど、神社の名前が見当たらない。古い歴史のある多武峰の主峰だけに、神域となっているとは思っていたけれど、意外にも小ぶりの神社だ。



実際の山頂(678m)は、さらに数m登った小山の上のようだけれど、道がない。無理すれば登れそうだけれど、昨日の雨で地面が緩い。そもそも飛鳥の散策のつもりでやってきただけに、靴もタウンユースのスニーカーなので無理せず山頂制覇は断念。



麓では桜が満開を迎えつつあるけれど、山頂部では丁度可愛い梅が見頃を迎えている。



杉の木(檜かもしれない)には、二両引の家紋のようなものが書き込まれている。足利家の家紋として知られるものだ。最近は手入れもされず放置された杉林が多いけれど、この辺りの樹林はしっかりと手入れされている。おそらく木の所有権を示しているのだろう。



登ってきた道を戻り、談山神社の西大門跡に下山。かつては立派な門があったようだけれど、今では古い石仏が見られるだけ。驚いたことに、この石仏は文永年間のもの。元寇があった頃からこの地を護っておられるのだ。



続いては談山神社の北にある御破裂山を目指す。談山神社の西側の森を登っていく。ここもまた杉林だ。



北側の眺望が開けてきた。中央に見えるこんもりとした小山は大和三山のひとつ、耳成山だ。ということは、その南側の緑地は藤原京跡のはず。



御破裂山(611m)にやってきた。この山の山頂は藤原鎌足の墓所となっている。国に異変があるたびに、この山が鳴動したらしい。鎌足の墓所となる前から、この山は神様が降臨した、特別な山であったらしい。



山頂部には柵が設置されていて立ち入ることができない。藤原鎌足の墓所は、北摂の阿武山古墳とも言われていて、鎌足の冠のようなものが出土している。でも、なぜ北摂?と思ってしまう。御破裂山の方がいかにもという場所だ。



御破裂山から次に談山に向かう。談山神社が「たんざん」と読むから、談山も当然同じだと思ったら「かたらいやま」とルビが振られている。



談山へと向かう石段。石段の上が談山の山頂になる。この山頂もまた、日本史上特別な場所なのだ。



談山山頂(566m)。「御相談所」と彫られた石碑がある。ここが、中大兄皇子(後の天智天皇)と中臣鎌足(後の藤原鎌足)が蘇我氏を暗殺する大化の改新の相談をしたところだと伝わる。そりゃ、誰かに聞かれたら大変だろうから、こんな山中で密談したのも理解できる。



談山を下って、いよいよ談山神社へ。祭神は藤原鎌足。国造りの神々や皇族ではない人物を祀る神社としては、東照宮や湊川神社など共に、最上級の別格官幣社の社格を有していた。何といっても見どころは16世紀建立の木造の十三重塔だ。桜が見事に彩りを添えている。



左が本殿、右が拝殿。いずれも十三重塔などとともに重要文化財だ。本殿は、日光東照宮のモデルになったという。



拝殿は何本もの太い柱に支えられながら、崖に寄りかかるように造られている。懸造りというものらしい。山側の本殿に向かっての拝殿であると同時に、谷側に向かっては眺望が広がる舞台としての役割も兼ね備えているように見える。



桜が周囲に咲いた中庭は、蹴鞠の庭と呼ばれるところらしい。中大兄皇子と中臣鎌足は蹴鞠を通じて知り合ったという故事に因んで、毎年ここで蹴鞠祭りが開催されるそうだ。



蹴鞠の庭の横にある総社拝殿のなかには、高さは3mほどもある木彫りの福禄寿が祀られている。多武峰にあった神木の欅で造られたものらしい。



出口付近の桜も見事。厳密に言えば七分咲きといったところだろうけど十分だ。何枚も写真を撮った後、談山神社を辞去する。



参道には何軒もの店が並び、名物の焼餅や味噌蒟蒻を売っている。愛想のよい店員んさんに勧められるがままに、豆大福や栃餅などたくさん注文してしまった。さらに奈良漬けや佃煮などのサンプルも。でも、これで600円とはリーズナブルだ。



距離6.1㎞、登り標高500m。初頭時間は2時間半。大した運動量でもないのに、アンコがたっぷり入った餅を2つ食べてしまった。完全にカロリーオーバーだ。