姫路西部7低山縦走(姫路市)

 2026年6月9日


姫路市の最西部、JRの御着駅から山陽電車の八家駅にかけて、南北に7つの未踏峰が並んでいる。100mあるかないかの登る人も少なそうなマイナーな山だ。遅くなったけど御着駅からのスタートは13時前。姫路工業団地の向こうに目指す山々が見えてきた。



この山についてはあまり情報が無く、ひょっとしてとんでもない悪路が続くのでは、と心配していたのだけれど、意外にも凄く良く整備された道が続く。特にベンチの数が随分と多く、ベンチの向こうには常に次のベンチが見えるような状態だ。



ところどころではあるけれど、眺望も悪くない。以前登った高御位山に続く斉藤山や桶居山が見える。登り口から始まる長い岩場にも苦労させられたけど、桶居山の尖がり具合も凄かった。たぶんもう登ることは無いと思う山のひとつだ。



ばかでかいキノコを発見。横に500mlのペットボトルを置いてみたけど、30㎝以上はありそう。その後、画像検索を繰り返したけれど、どうやらこれは「アカヤマドリ」という食用キノコのようだ。ボルチーニより旨いらしく、100gで1000円以上はするようだ。



アカヤマドリ?は4本もあって、合わせれば1㎏くらいにはなるのかなぁ、なんてことを考えながら、引き続きネット検索をしながらノンビリと山道を進んでいくけど、野生のキノコに手を出す勇気はない。道の真ん中に東屋が現れた。どうやらこの先は道が荒れるようだ。



あれほどあったベンチは無くなり、代わりにこれでもか、というほどにピンクリボンが付けられている。オレンジとか青もあって、誰もいない寂しい山中だというのに賑やかな限りだ。



本日の第一峰、南山に到着。別名火山。標高は167mと低いけど、今朝まで降っていた雨の泥濘、高い湿度、そして蜘蛛の巣の多さに辟易しながら登ってきたので、早くもウンザリしてきた。まだこの先6つのピークを獲る予定なんだけど、大丈夫かぁ?



南山から南へと進んでいくと、この先向かう山が見通せるところが現れた。低いけれど、結構勾配は緩やかなものではなさそう。気温が低いことは有難いけれど、湿気の高さには参ってしまいそうだ。



南山を過ぎ、道の整備レベルは下がったけれど悪い道ではない。写真ではかなり歩きやすい快適な道にみえるだろうが、問題は蜘蛛の巣。午後ともなれば、先行するハイカーが蜘蛛の巣を取り払ってくれているものだけれど、今日この道を歩く人は他にはいないのだろう。



自動車道(姫路バイパス)を横断する。次の山の勾配がエグい。なんと山の斜面に山頂までのとんでもない仮設階段が設置されているのが見える。関係者以外は使えないのだろうけれど、怖すぎるぞ。ポンコツはおとなしく西に大きく迂回して山に入っていくことにしよう。



溜絵の具を溶かしたかのように溜池が一面黄緑色になっている。小さな浮草が異常発生しているのだろうか。アオコと呼ばれるプランクトンのせいかもしれないけれど、あまり嫌な臭いがしないので前者なのかなぁ。あまりの毒々しさで近づいて確かめる気になれない。



さあ、これが次なる山の登り口。いかにもマイナーな登山口って感じだ。獣柵を解錠した先は草木が生い茂っているばかりで、道が見えない。



登山口を見たときから覚悟はしていたけれど、藪漕ぎとまでは行かないけれど、かなり鬱蒼とした林を進む。もっとも危険個所は無く、厳しいアップダウンがある訳ではない。



前坂山。標高は71m。なんともショボい数字だけれど、湿気と蜘蛛の巣のせいで標高以上に疲れさせてくれる。このような山にも、手作りの山頂碑を吊り下げてくれているのが有難い。これがあると無いでは、随分と達成感が違う。



大鳥山(89m)、引入谷山(82m)、天日山(62m)、申山(91m)と短時間でピークを獲得してまわる。



順調に4ピークを獲った訳ではない。ひどく荒れた道を進んだ挙句、間違った道だと気づき、慌てて引き返すようなことを繰り返す。南山と違い、この辺りの山はかなり道が不透明だ。



申山の山頂には古墳がある。麓には見田古墳群と呼ばれる7世紀の古墳群があるのだけれど、山頂にもあるようだ。最高所にあるだけに、何やら特別な人物が埋葬されていたのかもしれない。



どうやらこれが「へそ岩」らしい。ここに来るまで案内板はあったのだけれど、肝心の現地には何もない。登山道から突き出た岩だからへそ岩なんだろうか。岩に登る階段が設置されていて展望台のようになっている。



謎の遺跡だとぉ? そんなもの地図には記載されていない。へそ岩だけでもかなりインパクトがあるというのに、謎の遺跡って何なんだ? 登山道のオフィシャル案内だというのに、何のヒントもない。



一体どこに何があるのか。左右をキョロキョロしながら見落とすことが無いよう、ゆっくり進んでいくと、何やら地面に空洞がある。これが謎の遺跡らしい。謎なんだから、これは何だ、という説明も何も無い。



すぐ近くには古井戸の跡などもある。申山の山頂で見たような古墳時代の遺跡ではなく、もっと新しい時代のものに思える。



結局謎の遺跡は何だったのか、合点の行かないまま、最後のピークである鳥谷山(111m)の山頂碑発見。登山道から少し離れた林の中にあって、探し出すのにちょっと時間がかかった。



八家駅へと下山していくものの、この道が大変。もう完全に藪漕ぎ状態。足元は見えないし、急坂だし、転倒しないよう、慎重に進んでいく。半袖なもんだから、おそらく腕は無数の細かな擦り傷を負っているはずだ。



時々、急に前方の景色が広がる。海岸部に広がる街と、その向こうに巨大なタンク群が見える。真正面が山陽電車の八家駅のはずだ。山陽電車は地元では山電と略すんだけど、知らない人にとっては、山間を走る電車に聞こえるらしい。実際は海のすぐ傍を走り抜けている。



距離7.6㎞、登り獲得標高420m。距離も時間も大した山歩きでもなかったはずだけれど、結構疲れてしまった。所要時間は4時間20分。




芦屋川隧道(芦屋市)

 2026年6月3日


芦屋川隧道の探索に出掛ける。芦屋川は川底よりも周辺の平地が高い天井川として知られる。そのためJR神戸線などは架橋ではなく川底の下を通過している。そして同様に川の下に設けられた歩行者道路には、とても小さな斜行エレベータが設置されているのだ。



JR東海道本線(関西人は神戸線と呼ぶ)の芦屋駅のすぐ西にある芦屋川の川底の下にトンネルがある。見た目はトンネルには見えず、道路との立体交差のようだ。この上に川が流れているのが信じられない気分になる。出口の光も見え、せいぜい50mほどの長さのようだ。



芦屋川にかかる大正橋から南側を望む。この30mほど先の川底にJRが通っていることになるんだけれど、そんな気配は微塵も感じられない。



回り込んでJRの芦屋川トンネルの西側出口にやってきた。JR神戸線では石屋川、住吉川、芦屋川の3ヶ所に天井川の下を潜るトンネルがあるらしい。かつての蒸気機関車では天井川の堤防を登るだけの力が無かったそうだ。



再び芦屋川の西岸の道に戻り、JRの150mほど北側にある月若公園にやってきた。小ぶりな公園には高浜虚子・年尾、稲畑汀子の三代の句碑がある。この公園の下を15年ほど前に全線開通した山手幹線道路が走っている。国道2号線の北を走る阪神間の主要道路だ。



月若公園の西側に回り、山手幹線道路のトンネルの西出口にやってきた。トンネルの上に見える緑が月若公園の緑地だ。上下各2車線の車道は芦屋川の下を貫いているが、側道はそのまま川に突き当たるかのように見える。



側道の先にあるのが、歩行者用トンネルだ。右にあるのは自転車預かり所だ。そして歩行者トンネルの左にあるのが、今日のお目当ての斜行エレベーターなのだ。



歩行者用トンネルの階段は至極緩やかで、自転車用のスロープもある。さらに階段の横に斜行エレベータまで設けられているという手厚さだ。以前ここを通り掛かった際は、乗り方が判らず、何よりエレベータを使うのが気恥ずかしく感じられて乗車を見送ってしまった。



斜行エレベータはアルミの扉により閉鎖されている。自転車はダメとか、非常時の対処方法など、色々と貼り紙は多いけど、要するに「さがる」のボタンを押しさえすせば、この扉は開くようだ。「さがる」という言葉が判りづらいんだよなぁ。「下る」の方が良いのでは。



「さがる」ボタンを押すと、外扉と内扉が同時に開く。さあ、いよいよ4人乗りの斜行エレベータに乗車する。68歳とはいえ、健常者がこの種のエレベータを使用することには抵抗はあるものの、幸い周囲に人はおらず、絶好の乗車タイミングだ。



中に入ると、再びいくつものボタンがある。「あがる」「さがる」「ひらく」「とじる」に加えて、非常停止ボタンと呼び出し通話ボタンだ。混乱する人も多そうだけれど、要するにここでも通常は「さがる」ボタンを押すだけなのだ。



ゆっくり、実にゆっくりと、斜行エレベータが動き始める。間違いなく横の階段を歩く方が圧倒的に早いはずだ。



おそらくエレベータの長さは50mもなさそうだし、高度差は5mくらいじゃないかなぁ…。かなり緩やかな勾配だけれど、これでもかというほどに、エレベータはのんびりと下降していく。



時間を図ることを失念してしまったけれど、おそらくドアが閉まって発車してから30秒くらい?で下に到着。歩けば20秒は掛からないと思う。




到着すると、内扉と外扉が同時に開く。しばらくはこの種のエレベータにお世話になることは無いと思いたいけれど、このような設備を有難く思う日が遠からず来ることになるのだろう。



降りてきた方向を振り返ると、階段は至って緩やか。それでも松葉杖や車椅子では移動できるものではない。かつて山で滑落して、長い入院生活を終えた後もしばらく車椅子や松葉杖での生活を余儀なくされたけれど、健常者には気付けない難所が至るところにあるものだ。



トンネル下部の通路は、市役所の広報や、市民写真展に使われている。照明も過不足なく、監視カメラも多いため、危なっかしさや不気味さは感じない。



東出口への階段。もちろん再び斜行エレベータを使うこともできるけれど階段を登っていく。上に待機している籠を下まで呼ばねばならないし、そんなことをしているうちに歩いて地上に出ることができる。



地上に出ると、車道も同様に地上に顔を出している。実際車でここを走ると、ほんの10秒ほどでトンネルを通過する。歩きまわってこそ、気が付く景色だ。



山手幹線が通過しているのは、この川の下。川向こうに道路が顔を出している。昨日の雨で芦屋川の水量は常と比べて随分と多いせいもあるけれど、川の深さはかなり浅いはずだ。川底とトンネルの屋根の間はごく僅かな仕切りがあるだけのように思える。



平地部が狭い阪神間の河川は急に増水する。大量の土砂流入で河岸が盛り上がり、天井川となりやすいようだ。過去には水害も経験し、普段の水量は少なくとも堤防はかなりの高さだ。薄っぺらく思えるトンネルの天井も、増水を十分考慮した造りになっているはずだ。




若草山・春日山原始林(奈良市)

 2026年5月29日


猛暑にならないうちに、奈良の若草山(三笠山)と春日山原始林に出掛けることにする。おそらく15年ぶりくらいのこととなる。近鉄の列車内でも外国人の多さに驚かされたけれど、近鉄奈良駅を降りると、平日とは思えない大混雑状態にさらに驚かされる。



先に見えるのが若草山。古くは三笠山と読んでいたものを、宮家と同じ名前は畏れ多いと若草山と改名されたと聞く。遠目にも大勢の人が山麓の芝生エリアにいるのが見える。どうやら修学旅行や遠足の生徒たちのようだ。



5月中旬から7月が鹿の出産期なんだそうだ。まだ産まれて間もないと思える子鹿が階段で眠っている。母鹿は子鹿に危機が迫るとが大激怒するので、決して子鹿には近寄らないようにとの注意書きが貼られ、なんと階段の半分、小鹿が眠る側は通行止めになっている。



入山料150円を支払い、いよいよ若草山に登る。延々と階段が続くうえに、日射が厳しく、早々に太腿が震えだす。登っていく人の半分以上は海外からの観光客のように見える。なんと裸足で登っている人もいる。



三笠山とも呼ばれるように三つの山が重った形をしている若草山の一重目のベンチに座りこんでいたら、なにやら左腕を鹿が舐めている。な、なんなんだ。



最初は気持ち悪かったけど徐々に慣れてきた。犬や猫に比べて、舌は大きく分厚い。牝鹿だと知ると、さらに悪い気はしない。そもそも、これまでの人生で、これほど動物に慕われたという記憶がない。こちらがじっとしているのを良いことに、ずっと舐め続けている。



上腕を舐め終わると、下腕まで舐め始めた。鹿せんべいは持っていないし、スキンクリームとか日焼け止めの類は一切使ったことがない。汗の塩分を始めとするミネラル分を欲しているのだろうか。3分以上も舐め続けられ、鹿は恍惚の表情を浮かべているようにも見える。



5分ほどしてようやく鹿から解放され、二重目、三重目へと登っていく。奈良の市内が広く見渡すことができる。真正面にある大きな建物は東大寺の大仏殿だ。



若草山山頂(341m)。山頂は実は鶯塚という古墳なのだ。4世紀後半の前方後円墳だというから、平城京遷都よりもずっと前のものだ。



若草山を東に下り、いよいよ春日山原始林に入っていく。路面は自動車も走れる簡易舗装が施されているけれど、道の左右には手付かずと見える深い森が広がっている。春日大社の神域で、1200年もの間、樹木の伐採も鳥獣の狩猟は禁じられているという。



市街地に隣接して、このような広大な原生林があるのは、奈良だけだという。よく見られる植樹された杉や檜の森ではなく、ナギ・ヤマモモ・シイノキ・アラカシなど、昔からの植生のままの森だ。おそらく奈良時代も同じような風景が広がっていたのだろう。



予定はしていなかったのだけれど、ちょっと道をはずれて、鶯の滝を見に行く。簡易舗装路を歩くつもりでタウンスニーカーを履いてきたものだから、滝までの山道は歩きにくかったけれど、小ぶりながらも静かな森のなかで澄んだ水が流れ落ちる音は実に心地よい。



古都奈良の文化財のひとつとして、春日山原始林は世界遺産に登録されている。そのせいか、歩いている人の半数ほどは海外の観光客だ。話かけてみた夫婦は米国アイダホ州から来られたそうだ。日本の森林が大好きだそうで、奈良の前には屋久島に滞在していたそうだ。



いくつか立派な東屋も整備されている。少し休憩して歩き始めると、突然足を攣ってしまった。久しぶりの現象だ。足を攣るほどハードな運動をしてきたつもりもないのだが。ひょっとして鹿にミネラル分を吸い取られたのだろうか。芍薬甘草湯を久しぶりに服用する。



こんなトコにまで、クマが出没しているらしい。厄介なことだ。クマがシカほどに懐いてくれるとは思えない。



春日山石窟仏。平安末期に刻まれたものらしい。2つある石窟のうちひとつには、菩薩型の立像が三体(四体かも)並んでいる。天井部にも何かあるようなのだけれど、良く見えない。



もうひとつの石窟には、大日如来などが見られる。お寺のお堂の仏様もいいけれど、こうした野外に彫られた仏様は、厳しい風雨に晒され、私たちの苦しみや悲しみをより深く理解していただけるような気がして、一層有難く思える。



石畳の道を奈良市内に向けて下っていく。柳生街道とも呼ばれる古道だ。以前、奈良から柳生まで歩いたことがあるけれど、あの頃は元気だったよなぁとつくづく思う。今では半分くらいしか歩けそうなきがしない。



首切り地蔵。大和郡山藩に召し抱えられていた剣客、荒木又右衛門が、伊賀上野の鍵屋の辻の決闘に赴く際に、試し切りをしたと伝えられている。



樹齢何百年だろうか。随分と太い古木も多く見られる。伐採禁止だからといって、いつまでも樹が長生きするものでもなかろう。環境に恵まれた強い個体だけが、高く太く育っていると思う。



朝日観音。鎌倉時代に造られたという三体の摩崖仏だ。渓流に沿って、東に面しているため、朝日に良く映えるらしい。一度見てみたいけれど、早朝にここにやってくるのは困難だ。



朝日観音からは、春日大社の裏手へと続く遊歩道もあるのだけれど、やめておこう。見るからに難路で、タウンスニーカーで挑むところではなさそうだ。



アイダホからやってきた夫婦に再会。熱心に古い倒木を写真に収めている。この朽ち具合やキノコがビッシリ繁殖している様子がいいらしい。う~ん、そんなものかぁ。そう言われれば、そんな気がしてきた。



最後に春日大社にお参り。ここから先は、再び旅行者で大混雑している。



本日の歩行距離14㎞。距離は長いけれど、アップダウンはあまり無い歩きやすい道だった。登り獲得標高は600m、所要時間は6時間。