三国境(枚方市・京田辺市・生駒市)

 2026年9月17日


大阪・京都・奈良の三府県の境界が接する「三国境」に行ってみることとする。JR長尾駅から京阪バスで天王という山間の集落にやってきた。ここから三国境に併せて4つの山頂を踏むという目論見だど、問題はバスの数。12時半のバスを逃すと17時まで帰路のバスがない。



9時半に天王バス停を出発。集落の中の道を登っていくのだけれど、これが大変な急勾配。舗装道とはいえ、いきなりの勾配にアキレス腱への負担が半端ない。



小さな集落を抜けると、いきなり何も無い山の中。道も不明瞭だ。あまり歩きたくない道だけれど、敢えて三国境への道を遠回りして、天王高ヶ峰(305m)という御大層な山名を持つピークを取りに行く。



進めば進むほど、酷い道になってきた。登山地図には赤い線が引かれているのだけれど、登山道の上を歩いているのかどうかも怪しいものだ。山頂の方向は判るものの、竹藪や崖に阻まれて目指す方向に歩けない。



しかも足元には、縦横に電気柵のようなものが張られていて、ますます思う方向に進むことを困難にしている。



山頂まであと50mほどまでやってきたものの、進むことは酷く困難になってきた。勾配は大したものではないけれど、倒木がひどく、山頂制覇は自重することとする。以前なら無理矢理突進していたのだろうけれど、70歳も近くなってようやく大人のハイカーになった気分だ。



ところが、どの道をやってきたのか判らず、戻るに戻れなくなる。方向は判っていても、竹藪などに阻まれて、目指す方向から更に離れていく。GPSで位置は確認できているとはいうものの、進むに進めないのだから、これってちょっとした遭難ともいえる。



厄介なことに、蚊や虻がメチャクチャ多い。最大の問題は、多数のトゲトゲの枝が行く手を塞いでいること。半袖で来るようなトコじゃなかった。やむなく方向を変えるが、新たなトゲトゲが待ち構えている。



もはやトゲトゲを恐れている訳にもいかず、背の高さほどの草叢を掻き分け、登山道を目指す。しばしばトゲトゲにシャツが引っ掛かって身動きできなくなるし、両腕はトゲトゲと蚊と虻にやられて、傷だらけになってきた。



長い彷徨の末、ようやく登山道に辿り着いたことをGPSで確認。これが道?というような雰囲気だけれど、ここまで進んできた藪と比べれば、何と歩きやすいことか。



天王高ヶ峰への寄り道で、体力の50%、気力の90%は早くも消耗してしまった。計画より30分以上も遅れているので、予定のバスに乗るのは絶望的だ。こうなると割り切ってキノコを散策しながらノンビリ三国境を目指そう。カバイロツルタケの幼菌と成菌の違いが面白い。



今年は高温のうえ雨が多くキノコが異常発生しているという。探すまでもなく多種多様なキノコが目に飛び込んでくる。Googleレンズで検索するけれど、似たものが多く同定が難しい。ドクツルタケか、シロテングタケだろうか。どちらも毒キノコだ。幼菌と成菌が揃っている。



気が付くと道にはアチコチに掘り返されたような跡が見られる。おそらくイノシシによるものだろう。イノシシもキノコを食べるというけれど、それにしてはキノコが多く残っているものだ。野生の嗅覚で毒キノコなどは食べないのだろうか。



キノコの同定に夢中になっていたせいか、いつの間にか天王峰(300m)の山頂を通り過ぎ、目的の三国境に到着。大阪府(枚方市)、京都府(京田辺市)、奈良県(生駒市)の3市が交叉する点だ。訪れる人は多くはないだろうけれど、洒落た標識があるのが嬉しい。



三国境を過ぎると竹林の中の道。これまた障害物競争のような道になっている。普段ならうんざりさせられるような倒竹だけれど、地獄のような序盤の徘徊に比べれば、なんて歩きやすい、とさえ思ってしまう。



標高は250mほどだと思うけれど、ちょっとした池がいくつかある。何かいるかな?と思って近づくと、池の畔のアチコチでポチャンという音がする。おそらく怪しい人影を察して蛙が慌てて飛び込んだのだろう。秋の蛙は動きが悪いというけれど、素早くて姿が確認できない。



気温は27~28度。9月も中旬になってようやく外歩きもさほど苦痛ではなくなってはきたけれど、やはり蒸し暑い。まあこんな気候がキノコたちの大好物のようで、彼方にも此方にも大小様々なキノコが顔を出している。



竹林の細尾根を伝って千鉾山のピークを取りに行く。道は決して明瞭ではなく、登る人も多くはないのだろうけれど、木の幹に赤テープが巻かれているのが有難い。



最初は何かプラスチック製の人工物にしか見えなかったが、よく見るとキノコだ。ペットボトルを横に置いて比べてもかなり大きく、まっすぐに凛とした立ち姿だ。柄に付いた白い布がマントにも見えることでマントカラカサタケと呼ばれているものようだ。



無事千鉾山(311m)に登頂。結構しっかりした山頂標もあって、それなりに登って来る人もおられるようだ。



長畑山を経て天王バス停までの周回を考えていたのだけれど、序盤のプチ遭難に加えて、中盤はキノコ観察三昧となってしまい、予定のバスには到底間に合わない。そこでプランBを発動し、コースを大幅カットして生駒方面へと下山。栗の実が大きく膨らんでいる。



これは葛の花。周囲にはシオカラトンボが飛び交っていて、なんとかカメラに納めたかったのだけれど、あまりに素早くて無理。アカトンボと違ってほとんど休憩無しで飛び続けている。



稲穂も少しずつ頭を垂れ始めている。まだ本格的な山歩きをする気にはなれない気候だけれど、確実に秋は近づいているようだ。



奈良交通の高畑口バス停。ここからなら1時間に1本、北生駒駅へのバスがある。それにしても、両腕の擦過傷が酷く、数か所で出血している。こんな傷だらけの68歳なんて、今どきあまりお目にかからない。大阪を通って電車で帰らねばならないけれど、カッコ悪いなぁ…。



距離4.5㎞、登り獲得標高250m。所要時間3時間。これだけの数字を見ればお気楽山歩きでしかないんだけれど、かなり疲れた。腕は傷だらけだし、思った以上に暑くも感じた。一旦座り込むと、歩きだすのが随分と鬱陶しく感じるなど、体力の低下も痛感した。




七兵衛山【六甲山系】

 2026年9月5日


メチャクチャ暑い日が続いていたけれど、昨日の雨の影響か、今日は終日30度を上回らないという嘘みたいな予報。この機を逃さず、阪急岡本駅からお手軽な七兵衛山を目指す。ところが、駅から岡本八幡神社までの間に強い日射しにヤラれて既に汗ビッショリだ。



神社のベンチに座り込み、今日は止めようかなぁ…なんて考え始める。コロナ禍の際には、封鎖され、代わりにアルコール消毒液が置かれていた手水であらためて手を洗い、多少なりともリフレッシュを図る。



岡本から登山口までの舗装道の坂が結構キツイ。今日は久々の山歩きで弛んだ体に喝を入れるということに加えて、俳句教室に備えて秋の句材を探しにきたのだけれど、早々に白い木槿の花に出会う。かなり良い句材に出会えた。



木槿を長らく観察したりしながら、ようやく八幡谷の登山口。句材も見つかったことだし、やはり帰ろうかな、と思わせるほどに暑く感じる。ホンマに気温20度台なんだろうか。



住宅街から登山道に入るとなかなかの峡谷だ。林間の峡谷沿いの道ともなれば、もう少し涼しくあってもらいたいものなんだけれど暑くて仕方ない。既に正午前。もっと早く出発すれば良かったかなぁ…。



八幡谷登山道を護る一対の石像。道祖神と紹介されていることが多いけれど、かなり珍しい風貌をされておられる。二つの石像が正対するのでもなく、右の像は前を、左の像は右に向けて設置されている。一説によれば、朝鮮石人像と呼ばれるものとも聞く。



これまで無視して素通りしてきた、谷を渡ったところにある廃社を覗きに行く。ここは金鳥山八幡谷不動社というそうなのだけれど、この地にあったと伝わる古代文明「カタカムナ」に関連するところらしい。カタカムナの文字は、日本語のルーツだとも言われる。



再建に向けて準備中とのことだけれど、どうなんだろうか。地元だけにカタカムナのことを少し詳しく知りたいとの思いは強いけれど、なかなか機会がない。廃社の奥にある滝の傍でまた休憩をする。滝の横には不動明王の摩崖仏がある。今まで気付かなかったなぁ…。



八幡谷も中ほどまで来ると、えっちゃんと呼ばれる本山でお好み屋さんを営む方が20年ほども掛けてコツコツと自作された方のベンチや手摺りが続々と登場する。既に80歳を優に超えておられるけれど、まだまだ山が本業、お好み屋は副業などと仰っている。



これはヤブラン(藪蘭)というらしい。俳句を始めてから、これまで素通りしていた草花に出会うたびに、画像検索をしてその名前や特徴を調べるようになった。これまた秋の季語に使えるようだ。



湧水を引き込んだ手洗い場がある。傍にはブラシなどもあって、おそらく下山の際の靴の汚れなどを洗い落とす人が多いんだろうけれど、今日は有難く手と顔を洗わせていただく。ちょっとはスッキリしたけれど、歩く意欲は全然高まらない…。



まだまだ暑いけれど、秋は間違いなくやってきているようで、登山道のまわりで鳴く蝉も、法師蝉(つくつくぼうし)や蜩(ひぐらし)だ。どちらも秋の季語になっている。ちょっとした山歩きでも、季節感ある句材には事欠かない。



句材には事欠かないから俳句ができるというものでもない。えっちゃんの作ったベンチに長々と座りながら俳句を捻るが、まるで仕上がらないんだけれど、多くの人に声を掛けられるのは嬉しい。皆さん、同じように予想を超える暑さで休憩多めになっているようだ。



キノコも多数目に付くようになった。これはサルノコシカケの仲間だろう。猿茸ともいう。「さるたけ」ではなく「ましらたけ」と読む。夏でも冬でも見かけるキノコなんだけれど、秋の季語になっている。この辺りが、俳句の世界のイマイチ納得しきれない点だ。



七兵衛山って、こんなに遠かったかなぁ…と思いながら、やっとのことで打越峠。山頂はすぐソコなんだけれど、ここで再び長~い休憩。俳句を考えるため、ということよりも、単純に座り込みたくなってきた。



休憩ばかりを繰り返して、随分と長い時間をかけて七兵衛山(462m)に登頂。神戸の街並みや港をよく見渡すことができる。でも、六甲山の半分の高さしかない七兵衛山でこんなに疲れるとは、情けない。



えっちゃんが長年かけて作り上げたベンチは百人ほどもの収容規模がある。なかでも人気なのは「個室」と呼ばれる樹々に囲まれた定員10人ほどの下段のベンチ。誰も来ないことを良いことに、贅沢にも個室を延々と占拠して俳句を捻る。



気が付けば15時。急に肌寒くなってきた。長い休憩のせいか、足腰の疲労も随分と回復。えっちゃんの製作した「万里の長城」と呼ばれる長い手摺りのある道を辿って、横池、風吹岩を経由して帰ろうかと思ったけれど、自重して、ハブ谷から下山する。



ハブ谷にもえっちゃんのベンチは多数。大して人気の無い細い道なのに、こんなにベンチがいるのかぁ、という声は良く聞くけれど、いやはや大したものだ。もっとも多くのベンチはかなり老朽化し、苔むしてきている。



岡本から青木に向けて流れる天井川の上流になるのだろうか。谷川を渡って八幡谷登山道に復帰。往路とは異なり、すっかりと涼しくなり、ブラブラと岡本駅へと戻る。



距離6.2㎞、獲得標高560m。驚くことに所要時間は5時間40分。超スローペースだ。YAMAPの記録によれば、休憩時間が3時間! 半分以上の時間は座り込んでいたことになる。まあ他のハイカーとの会話も楽しめたし、駄句とはいえ3句ほど作れたし、まあ、ヨシとしよう。








函館山(函館市)

 2026年8月14日


函館のシンボル、函館山に登ってみることにする。朝8時半、市電の南端駅となる谷地頭まで乗車し、まずは津軽海峡の向こうに下北半島の大間崎を見通せるという立待岬を目指す。



が、昨日以上にジメジメとした天気で、山には濃い霧が掛かっている。立待岬から時計回りに歩いて、登山地図にある函館山山域の全12ピークを制覇したいと目論んでいるんだけれど、昨日の五稜郭程度で疲れている弛んだ体で、果たしてどうなることやら。



立待岬。かつてアイヌが魚を待ち伏せした漁場だったことから、名付けられたそうだ。津軽海峡を航行する船は見えるけれど、霧のせいで、下北半島など全く見えないのが残念だ。それにしても右手に見える函館山山系は結構厳しそうな山容にみえるけれど、大丈夫かぁ?



ミニトマトのようなつやつやした赤い実が多く見られる。画像検索してみるとハマナスの実だと判った。天候はイマイチでチョット気落ちしていたけれど、本州では見かけることがない植物に多く出会えそうな予感に胸が躍る。



函館山には数多くのハイキングコースが整備されている。体調との相談だけれど、できれば地域内の12全てのピークを獲得したいものだ。そのためにはこの地図のハイキングコースのほぼすべてを歩き通さねばならない。



函館山山域の東端から山へと入っていく。いきなり鬱蒼とした森のなかを登っていく。最も厳しいと案内されていたコースだけれど、大した勾配ではない。ただ未明の雨のせいで草木は濡れ、泥濘や水溜まりも気になる。防水性のないお手軽ハイキングシューズが不安だ。



通信アンテナが立つ地蔵山(281m)。函館市街や津軽海峡を見渡す眺望を期待しての山歩きだというのに、200mを越えると霧のなかだ。午後になると霧が晴れるという話も聞いたけれど、どうなのかなぁ…。見慣れない植物を観察しながら、ゆっくり歩いていこう。



さらに西に進んで、千畳敷までやってきた。広くなだらかな草原地帯に展望所があって、眺望が楽しめるとのことだったけれど、霧で何も見えない。津軽海峡に面する岬の上部にあたることから、この辺りを中心に軍事施設(要塞や砲台)が数多く設置されていたという。



見慣れぬ植物がいくつも目に付く。その度にGoogleレンズで調べるようなことを繰り返す。これはエゾニュウというセリ科の植物らしい。ニュウというのはアイヌ語由来2mほどもある太い茎は食用にもなるようだ。



ここが函館要塞の戦闘指令所跡。19世紀末、南下政策をとるロシアから函館港を護るため、函館山全体にいくつもの砲台が建設され、千畳敷には全域を見渡す円形の観測座や作戦室、電話室などが設置された指令所が置かれたという。



地下には砲撃にも耐えるような部屋が並んでいる。残念なことに遺跡の説明が現地には無く、勝手な想像を巡らすしかないのだけれど、それはそれで楽しい。もっとも函館山は長らく軍事機密として入山禁止で図面も写真もご法度だったので、記録は少ないのだろう。



千畳敷から入江山にかけて、尾根沿いに多くの砲台跡や観測所跡が残っている。日露戦争では実戦に用いられなかった砲台が、初めて火を噴いたのは約50年後、太平洋戦争終戦直前の函館空襲の際だったという。もっとも殆ど何の役にも立たなかったようだけど…。



比較的小ぶりな砲座もある。機銃のためのものだろうか。もちろん戦後に銃砲類や砲塔の多くは撤去されたのだろうけれど、土木基礎構造物は至って頑強に、崩壊することも腐食することもなく、ほぼ無傷で残っていることに今更ながら驚かかされる。



入江山(291m)。ここも山頂付近は要塞となっている。函館港を護るのが目的の砲台が並ぶところだ。残念ながら煉瓦が少し崩落していて要塞の内部は覗き込むことができないけれど、それでも往時の雰囲気は十分感じ取れる。



現在11時40分。入江山の北側には霧に霞んだ函館港。右手の函館山は未だ山頂部は濃い霧に包まれている。函館山には是非とも霧が晴れてから登りたいものだ。



御殿山の砲台跡。かなり大型の大砲が備え付けられていたと思われる円形の砲台跡が合計6つも並んでいる。周囲の木と霧のため、一体どちらに狙いを付けていたのかが判らないのが残念。当時の復元図でもあればなぁ…。



山域北西端の観音山(265m)を目指す。ハイキングコースに乗っていない山頂だ。YAMAPでは山頂の100m以内に到達していれば登頂したと判定されるようになっているけれど、時間もあるので敢えて山頂を目指す。が、アブ・ブヨの多い藪漕ぎの悪路に辟易とさせられる。




続いては函館山の北側となる薬師山(252m)へ。こちらも山頂部は要塞となっている。ここが最も函館港や函館の市街地に近いため、敵軍上陸に対抗する堡塁のような役割も兼ねていたようだ。



薬師山のベンチで長い昼食休憩をしながら天候の回復を待つ。そして13時半になって、ついに函館山の山頂がはっきりと視認できるようになった。さあ函館山に向かおう。



函館山(334m)の山頂から函館市街地を眺望する。有名な函館の夜景の写真の殆どはこの画角だ。夜にはもっと混み合うのだろうけれど、昼でも結構人が多い。函館山が陸繋島で、函館の町が砂洲の上に建設されたことがよく判る。



函館山の展望台や売店などを巡った後、いよいよ終盤戦。ゆっくりと歩いて来たせいか、体力は未だ問題無さそうだ。函館山の東側にある汐見山とエゾダテ山を制覇しよう。函館山周辺のメインのハイキング道には案内板やベンチも多く、安心感は高い。



難所も危険個所も無いのだけれど、夏で生い茂った草木がなかなか厄介だ。北海道では唯一といっていいかもしれないヒグマとの遭遇の可能性が無い山域であることは安心だけれど、スズメバチやマムシは多く棲息しているという。



どうやらガマズミの実のようだ。秋になると赤く色づくはずだ。落ちそうで落ちない大きな雫を抱え込んでキラキラと輝いている。



YAMAPの100mルールにも助けられ、無事12ピークの制覇に成功し、スタート地点の谷地頭に下山してきた。道路には見慣れないカエル注意の標識が並んでいる。函館山地域固有の希少動物であるエゾヒキガエルを誤って轢かないように、という意味のようだ。



ゴールは谷地頭温泉。あまり観光客が行かなさそうな天然温泉だ。10年ほど前までは市営だったそうだけれ、民営化されてなお入浴料金が490円と銭湯並みなのが嬉しい。茶褐色の湯を湛えた大きな浴槽が4つもあり、サウナや食堂もある。とんでもない長湯を楽しんだ。



昨日同様ジメジメした天気だったけれど、無事想定していたコースを全て歩き通すことができた。距離12.1㎞、登り獲得標高671m、所要時間は7時間25分。