日光街道(8)大沢~日光

 2026年7月3日


日光街道二十一次もいよいよ最終日。半年ぶりに大沢宿手前にある杉並木街道の入口に戻ってきた。朝からあいにくの雨。2日前まではあまり雨が降らないとの予報だったのに、直前に確認すると一日中雨に変わっていた。まあ、大した降りには無さそうなので決行する。



最初から凄い杉並木のなかを歩いていく。降雨量は1ミリ程度とのことなので、雨具無しでも大丈夫と思ったのが大間違い。コンビニのビニールカッパを早々に着用する。昔と比べて素材は随分と改善されたように思うけれど、それでも蒸し暑い。気温が低めなのが救いだ。



歩き始めたところは、時折り車が通る道だったのが、しばらく進むと車両通行止となった。雨のせいか、他に歩く人はほとんどおらず、こんな素晴らしい杉並木を独り占めして歩いていくことが嬉しくて、雨降りのことなど全く気にもならない。



歩行者専用だというのに、国道119号線なのだ。まあ、この道は江戸時代から一級「国道」だった訳だけれど…。今では国の特別史跡であり、かつ特別天然記念物でもある。さらに周辺の街道を含めて計37㎞の杉並木は、世界一長い並木道としてギネスにも登録されている。



路面は、簡易舗装、地道、あるいは時折り石畳と変化するけれど、ひたすら杉並木のなかを歩いていく。まるでタイムスリップしたような気にさえさせてくれる。時折現れる集落で杉並木は少し途切れるけれど、それ以外は保護地域として大切に並木を整備してくれている。



徳川家康に永年使えた松平正綱が、東照宮への参拝道に紀州から取り寄せた杉の苗木を20年かけてコツコツと植え続けたのが始まりなんだそうだ。周囲からはショボい寄進だと嘲笑されたそうだけれど、その後杉は立派に育ち、道行く人々を慰め、そして励まし続けている。



旧街道に良く見られる松並木と違い、並木の密度が濃い。高い杉の木が鬱蒼と茂っているせいか雨降りにがさほど苦にもならずに歩ける。また街道の両脇には路壁が設けられているので、旅人を風雨からも守る工夫が施されている。他の街道より圧倒的に高グレード仕様だ。



2時間ほど歩き続けた杉並木街道が途切れ、今市宿に入る。まずは二宮尊徳の墓所がある報徳二宮神社にお参り。尊徳の名言や像が並ぶ境内で最も気になったのが、樹脂製の現代風金次郎像。古臭いと思わせることなく、今ももっと注目されるべき人物だと思う。



今市は、かつての宿場町の風情はほとんど無く、今では日光観光の玄関口として賑わっている。大きな土産物屋やレストラン、さらには観覧車まであることには驚かされる。



僅かに古い商家なども見られるけれど、ここが旧宿場町であることを示しているのは、草木に覆われかけた道標が一本立つだけだ。



今市宿を出て、再び杉並木街道を進んでいく。再び杉並木の中を2時間近くは歩かねばならない。序盤は真っすぐで幅も広めだった道はゴールに近づくにつれて、何故かカーブが増え、道幅も狭くなってきたように感じる。雨は降りやまず、路面の水溜まりが気になる。



あらためて杉の木の間隔がとても短いことに驚かされる。林業用に植樹された杉林と比べてもかなり狭く、十分に栄養が行きわたるのか心配だけれど、土壌が良いのか、高さ30mほど、樹周は5mほどにもなる古木が幹に苔を生やしつつも健在だ。



戊辰戦争の弾痕のある木も残っている。確か、榎本武揚などと共に五稜郭に籠った大鳥圭介がこの辺りで薩長軍と激戦を繰り広げたと聞いたことがある。



道はますます細くなってきた。というより左右からドクダミが蔓延っているのだ。雑草呼ばわりされることの多い、高い生命力を持つ植物だけれど、ハート型の葉と小さな白い花は結構可愛い。毒は無く、薬草だというのに不吉な名前を付けられたことが可哀そうにも思える。



時には車に杉並木の道を譲り、道の両脇に積み上げられた土手のようなところを歩くところもあるけれど、むしろ単調になりがちな杉並木歩きでは、良い刺激だ。



15㎞ほどにも及ぶ杉並木街道を歩き通し、ようやく日光駅までやってきた。杉並木を歩いているとき、後方から汽笛を鳴らしながら、凄くゆっくりと追い抜いていっ蒸気機関車に東武日光駅で再会。蒸気機関車も魅力的だろうけれど、歩いての日光参拝に優るとは思えない。



駅前の古い食堂で、日光名物の湯葉づくしの定食を戴く。湯葉のあんかけ丼や生湯葉など、どれも旨い。観光客受けするような派手なレストランが並ぶところなので、高値を覚悟していたけれど、以外にリーズナブルな価格だった。



それにしても雨はやまない。ここから日光東照宮まで、さらに雨脚が強まることを覚悟しなければならないようだ。傘を購入するかどうか悩んだけれど、コンビニのビニールカッパでそのまま東照宮へと向かう。



JR日光駅、東武日光駅から、東照宮へと向かう道沿いは、外国人観光客受けするような和食やお菓子のお店がズラリと並んでいる。実際道を歩く人の半分くらいは外国からの観光九脚のようだ。折り紙の自販機なんてのもあった。



日光東照宮の入口となる神橋。しんきょうと呼ぶそうだ。これを渡るのに300円。購入しているのは外国人ばかりのように見える。この深幽な風景は、少し離れたところから見る方がより趣深いものだ、と300円をケチりながら思う。



まずは輪王寺に参拝し、いよいよ東照宮へとやってきた。幸い雨は少し小ぶりになって、雨具が無くとも何とかなる程度にまでになった。



せっかくなので、見どころてんこ盛りの東照宮を行くり見て回る。まずは三猿。見ざる言わざる聞かざる、厄介なことには関与しない方が良いという処世術の教えだというけれど、「悪いことには」関わらない、というのが正しい解釈なのではなかろうかと思いたい。



陽明門。一片10㎝の金箔を惜しげも無く24万枚も使用したという豪華絢爛な東照宮を代表する建造物だ。さらに何百もの緻密な彫刻が門に施されていて、この門だけでも何十分も見る価値がありそうだ。



回廊にある眠り猫。伝説の彫刻士、左甚五郎の作だという。獲物をとる猫が眠っていることから、平和な世界を象徴しているんだそうだ。



結構急な階段を登って、徳川家康の墓所がある奥の院までやってきた。山歩きでは、最近は抜かれっ放しのポンコツハイカーだけれど、日頃運動していなさそうな観光客のなかでは、チョット優越感を感じる。もっとも疲れ知らずの遠足の小学生たちには敵わない。



距離20.5㎞、登り獲得標高460m。所要時間は7時間。半分は杉並木街道歩きだ。
のべ8日間の日光街道歩きは無事終了。ガイドブックでは140㎞とあるけれど、実際に歩いた距離は180㎞近くに及んだ。




清水ヶ峰・ジルミの頭(河内長野市)

 2026年6月19日


所用のついでに河内長野の6つの低山を縦走することにしたい。最高気温は30度を超えるとの予想だけれど、まあ大した山でもなかろう。(まあ、このように舐めてかかって何度酷い目に遭ってきたことか…)



南海高野線の千早口駅を出発。和歌山県との県境まで3㎞くらいのところ。既に標高は180mほど。人家も疎らな山間の駅だ。向かう山はどうやら写真の右奥に連なっているようだ。



登山口からいきなり急登。結構大変そうな山だぞ。あまり下調べもなくやってきたけれど、よく見ると結構勾配がキツイ道が続くようだ。



要所にはピンクテープが貼られているんだけれど、ここ登っていくの?と言いたくなるような急登が続く。息もあがり、一気に汗が噴き出す。



眺望もなく、風も通らない。手元の気温計は既に30度。が、気温より湿気が辛い。あまり楽しくない道だけれど、有難いことに覚悟していたほどに蜘蛛の巣が少ない。先行するハイカーが払い除けてくれた後なのだろうか。もっとも人の気配はまるで感じられない。



登山道の真ん中に大型動物の糞があり、蠅が集っている。まさかクマではないよね~。たぶんイノシシだよね~、と楽観的に考えるようにして進む。イノシシって雑食のせいか、糞の形状が多様なようで自信が持てない。



少し標高があがると杉林となるけれど、この辺りで膝が痛くなってきた。まだ歩き始めて1時間ほどだというのに、確かに痛めた膝には厳しい急登が続いたけれど、まだ1ピークも取れていないというのに…。



座り込むところを探しながら歩くけれど、なかなか適当なところがない。ようやく道に横たわった倒木を見つけ、昼食を摂り、痛み止めを飲む。



痛み止めが効いてくるまで待っている訳にもいかず、先へとゆっくりと進んでいくけれど、道は相変わらず厳しい。



急に頭上に空が広がり、反射板が現れた。清水ヶ峰の山頂にようやく到着したようだ。高圧電線などと異なり地図に表記が無いのだけれど、どこから、そして、どこに向かって電波を伝送しているのか、とても気になる。



金剛山(たぶん)の山並みが見える。曇っていて日射しが無いというのに、暑さにかなり参っている。この先3ヶ月は昼間は30度超になるだろう。しばらく山はムリかなぁ…。



清水ヶ峰(370m)の山頂碑。今日はこの一座で帰りたいような体調だけれど、さらに進まなければ下山もできない。



またやってしまった~。ただでも膝が痛いというのに、全く違う方向(青線)に歩いている。往復10分ほどのロスとはいえ、これは痛い。



清水ヶ峰の山頂に再び戻り、あらためて正しい道(オレンジ色)へ。どうしたことか、正しい道の方が狭く、倒木も多くよほど歩きにくい。



以前から気になっていた、この蛾。近寄っても懼れることなく、まるで逃げないのだ。画像認識で調べてみると、ホタルガ(蛍蛾)というらしい。体内に毒があり、捕食されることがないため、のんびりと葉っぱの上で羽を休めているようだ。



ジルミの頭(333m)。およそ山の名前らしくないのだけれど、ジルミとは、泥濘んでジメジメしているというような意味らしい。幸い今日はそれほど泥濘んではいなかったけど、湿気が酷く高いことは間違いない。




ジルミの頭から急坂を下っていく。登りよりも、むしろこのような下りの方が膝には悪い。痛む方の足を庇いながら、ゆっくりと進む。



ジルミ峠。この先さらに4つのピークを獲るつもりだった。次のピークまではコースタイムで僅か15分でしかないけれど、今日はやめておこう。ここで下山しなければ、エスケープできるところが最後まで無い。



YAMAP実線の下山道とはいえ、道は草木に覆われて不明瞭。マムシがいても、ヒルがいても、何の不思議もなさそうな道だ。



谷道にありがちな、倒木だらけの道が続く。左右の斜面からこの谷に何本もの木が倒れ込んでくるようだ。



下山口に咲いていた蛍袋(ホタルフクロ)。うなだれた姿が特徴的だけれど、今は自分自身もこのようにうなだれた姿をしているんだろうな、と思う。白い色のものしか見たことが無いけれど、関東では紫色のものが多いと聞く。



下山すると、痛み止めが効いたのか、膝の痛みは急に無くなった。もっとも全身を得体のしれない疲れが包んでいる。南海高野線の単線だった頃の軌道が今は遊歩道になっている。自然豊かな遊歩道ということで、トトロ街道とも呼ばれているらしい。



もっとも千早口駅前にある観光案内図にはトトロ街道の表記は見られない。残る4ピークも含め、いつか歩き通してみたい。



距離3.8㎞、登り獲得標高280m。所要時間は2時間半。何とも中途半端な山行に終わったけれど、正直かなり辛かった。膝の具合が心配だ。