金剛童子山・東ノ峰(神戸市北区)

 2026年5月2日


久しぶりの快晴だけれど、GWでどこも混んでそう。ということで、駅チカにも関わらずハイカーが少ない丹生山系に登ってみることにする。六甲山系と丹生山系に挟まれた谷川駅のホームには山小屋風の登山情報コーナーがあるけれど、大半は六甲山系の情報だ。



谷川駅から丹生山系東側にある金剛童子山を目指す。丹生山系でも丹生山など西側の登山路は比較的整備されているけれど、東側はひどく荒れていて、道も判りにくく、山に入って早々に道間違い。誰だって右へと登っていきそうなものだけど、正解は左の細い道なのだ。



道が狭いうえに、草木が道を覆っていて、路面が見えない。早々に上着を脱いで半袖で進む。無防備な腕がかなり掠り傷を負うだろうけど、構ってはいられない。よく見ると、小さな赤いテープが木に括り付けられている。なるほど、これを辿れば良いのか…。



道には何十年も放置されているような廃車があったり、大いに荒れてはいるけれど、危険個所は無い。でも路面には石がゴロゴロしているし、蔓状の根っこがトラップのように足に絡みついてきたり、気が抜けない。



赤いテープに導かれて、ミツバツツジのトンネルになった細いながらも気持ちの良い道を進んでいく。



でも、こんな風に気を抜いて歩いているときほど、道間違いをしてしまう。オレンジの道を北上しなければならないのに、東へと進んでいる。これまで何回、いや何十回、テープを勝手に信用して道間違いをしたことか。いつまで経ってもポンコツだ。



予期していなかったことに、一旦舗装道に出る。この山系に造成されたゴルフ場に続く道だ。以前プレイしたことがあるけれど、フェアウェイばかりか、グリーンまでもが凄い傾斜で、酷く難しかったことを覚えている。



おお、かつてはボロボロに朽ち果てていた神戸市の「太陽と緑の道」の標識が更新されている。でも道標の数は決して多くは無さそうだし、道が整備された訳ではなさそうだ。とにかく、メインの登山道がショボいうえに、枝道が多く、道間違いをしそうなところが多い。



以前も通りかかったことがある「鰻ノ手池」。木に覆われた道ばかりを歩いてきたせいか、久しぶりに広がる空がとても眩しい。それにしてもこの池の名前の由来がさっぱり想像がつかない。鰻はともかく、鰻ノ手とは何なのだろう…。



道幅が広がっても、路面には石がゴロゴロしていたり、倒木があったり、水が流れていたり、と、歩きにくいところばかりだ。六甲山系が花崗岩の山であるのに対し、こちらは流紋岩の山になるらしい。



おそらく何年も放置されたままの倒木を跨いだり、潜ったりを繰り返して進んでいく。落雷、病害、虫害、そして老化。森では毎日のように、木が枯れ、倒れているのに、整備された登山道ばかり歩いていると、倒木は速やかに撤去されるのが当たり前と考えがちだ。



以前もそうだったけど、最後は道のような道出ないようなトコを攀じ登って、金剛童子山(565m)に登頂。判ってはいたけれど、三等三角点があるだけ。ベンチどころか、山頂標さえ見当たらないし、眺望もない。



金剛童子山から再び悪路をゴルフ場方面に下る。この後は城山とも呼ばれる東ノ峰に向かう。どうせ赤松の城だろうと思っていたけれど、新田義貞配下の金谷経氏が赤松の牽制のために築いた城らしい。経氏は東ノ峰~金剛童子山~丹生山と城郭を設けていたようだ。



シャガの花が咲いている。漢字で書けば、射干、著莪、胡蝶花。どれも覚えられない。アヤメの仲間だというが、控え目で淡い紫色が印象的。優雅で上品な花だ。



どうやら東ノ峰にはこの道を進むようだ。YAMAPでは実線になっている登山ルートだけれど、かなり荒れている。こういう道、疲れるんだよなぁ…。



空が見えるのは池の周囲だけ。自然の池か溜池なのかは判らないけれど、なんだかホッとする。空が見えることで、歩くエネルギーが沸いてくるものだと痛感する。



不鮮明な道に手こずり、道間違いを繰り返し、体力・精神両面での疲労蓄積が著しい。座り込むのに適当な岩や丸太が見当たらず、堪らず道の上に座り込む。頭上を見上げても、生い茂る若葉ばかりで空は見えない。青葉を疎ましく感じることなど滅多にないのに。



ふと気づけば、進もうとする方向が正解であることを示すかのように、乱暴な赤い矢印がペンキで書かれている。何か文字があったようだけど、そちらは読めない。アテにしすぎるのは良くないけれど、こんな矢印でさえホッとさせてくれるほど、道が判りにくい



東ノ峰に向かう最後の急登。いい加減疲れてきたぞ。これほどまでに寂しい道だとは思わなかった。



柏尾城があったという東ノ峰(516m)。アチコチ探しては見たけれど、山頂碑は見当たらない。周囲の樹々を伐採すれば眺望も効きそうだ。確かに難攻の城砦だったれど、大した人数を収容できる所には思えない。どうやら、周囲のいくつかの峰に脇砦を設けていたようだ。



何も無かろうとは思ったけれど、10分ほど下って、また登って、柏尾城南砦があったという南峰(513m)に登頂。やはり山頂碑さえ無い。南側の崖まで行けば眺望がありそうだけれど、確かめに行く気にもなれない。



再び東ノ峰に戻り、神戸電鉄箕谷駅に向けて下山開始。しばらくするとようやく眺望が開けてきた。大都市神戸とは思えない山間の町を見下ろす。中央に流れる山田川は六甲山系の北側斜面、丹生山系の南斜面の水を集め、遠く加古川へと流れ込んでいるはずだ。



予想していたとおり、下りばかりの急斜面。周囲はシダや高草に覆われていて路面が見えづらく、足元に気をつけて慎重に歩を進めていく。これまで足腰に疲労が蓄積した最後の下りで何度転倒したことか。体力が衰える一方で、少しずつでも経験値を上げていきたい。



後で判ったことだけれど、この辺りを果樹園にしようという計画があったようだ。確かに南斜面は果樹に合っているようにも思う。その名残というか残骸というか、鉄製のレールが今も残る。登山道を平気で横切っているので、何度もこのレールを跨がねばならない。



距離10.2㎞、登り獲得標高657m。所要時間は6時間10分。予想以上の難路と道間違いの続発で随分と時間がかかった。期待通りほとんど誰とも出会うことのない山行だったけど、新田義貞贔屓ならともかく、この山系って、駅チカ以外の魅力を見出すことができない。





中山(宝塚市)

 2026年4月26日


2年振りに宝塚の中山に向かうことにする。阪急清荒神駅をスタートしたものの、ふと思い立って清荒神への参道を逸れて住宅街の急斜面を登っていく。この坂の先に「うさぎ山」という未踏峰があることを思い出したのだ。



登ったところで何もないことは判ってはいる。序盤から無駄にエネルギーを消費するだけと思いながらも登っていくと、標高122mの小山は頂上まで住宅がビッシリと立ち並んでいる。頂上付近に小さな公園があり、アチコチと探し回ってようやく小さな山頂標を見つけた。



ここまでやってきて、清荒神にお参りすることなく中山に向かうのは何ともバツが悪い。ちょっと遠回りになるけれど、山門まで延々と続く露店街を覗き見しながら進んでいく。、まるでタイムスリップしたかのような、昔ながらの売り物ばかりが並んでいる。



清荒神清澄寺。典型的な神仏習合で、境内には、鳥居もあれば、神社もある。竈の神様として知られるところで、見どころも多いんだけれど、清荒神駅を出発して既に1時間も経っているというのに、まだ山に取り付いてもいないだけに、のんびりしていられない。



参道を一旦戻って、清荒神の駐車場のあたりからようやく山に取りつく。既に13時。夕刻には雨模様になるとの予報を思い出して、ちょっと焦り始める。



石灰質?の山肌が続くせいか、高い木がほとんど無いエリアが多い。日射しが結構強く、水をガブガブ飲む。ペットボトル3本持ってきたので、水分は十分とは思うけれど、3本くらいでは全然足らない季節がもうそこまでやってきているようだ。



石灰質と思って歩いていたら、火山岩風の岩へと変わってきた。滑りやすい岩ではない。閃緑岩かなぁ? 最近今更ながら地質や岩石の勉強を少し始めたのだけれど、とても難しい。岩の見分けはまだまだできそうにない。



池なのか、水溜まりなのか、道がどちらに続いているのか分かりにくく悩まされたけれど、どうやらここを越えていかねばならないようだ。



水の中をふと見ると、黒い生き物がウジャウジャと群れている。おたまじゃくしだ。このように群れているのは、餌に集まっているのではなく、蛇や捕食者による全滅を防ぐための防衛本能なんだそうだ。おたまじゃくしの生存率はせいぜい1%らしい。



中山に向かう尾根の西側には自衛隊の演習場が広がっていて、厳しく立入が禁止されている。以前この道を歩いていた際、多数の自衛隊大型車両が続々とやってきて驚かされたことを思い出す。



自衛隊の演習場を過ぎると、鬱蒼とした森へと入っていくことになる。日射しが遮られるのは有難いけれど、この季節は、木からぶら下がった虫が多く、厄介なのだ。さらにかなり大きなアオダイショウまで現れる。



吾孫子の峰(445m)。「伝説の山」と意味深なタイトルが山頂標にあるけれど、何の説明も無い…。この山は龍神の聖地と考えられて、妄りに入山すると神罰が下るとの伝承があるそうだ。そんな説明を書いたら気を悪くするハイカーもいるから避けているのだろうか。



吾孫子の峰を下ったところにある、大きな石積み。ケルンと呼ぶ人が多いけど、もとは宗教的な何かではないのだろうか。聖徳太子が中山寺からこの山を見上げて、「あそこには神様がいる」と言ったとか、いつも、触らぬ神に祟りなしと考えて、通り過ぎている。



中山山頂に近づくと、不思議なほどに真っ平な道になり、長い長いフェンスが片側に張られている。もうかなり老朽化して、穴だらけなんだけど、このフェンスは誰が何のために張ったのだろうか。安全対策でもなさそうだし、撤去してもらう方が美観的にはいいんだけど。



中山山頂。中山はこの辺りの山の総称でもあるので、中山最高峰と呼ぶ人も多い。標高は477.9mとあるけれど、以前は478.2mだったはず。30㎝縮んだのかぁ? ご丁寧に山頂碑の古い標高を塗りつぶして新しい標高を上書きしている。



結構晴れているように思っていたんだけれど、猪名川方面のニュータウンが一望できるけれど、イマイチすっきりしない眺望だ。黄砂はこの数日は無いよ聴いていたけれど。



日曜日にも関わらず人がほとんどいない中山山頂でしばらくのんびり。気が付けば、もう15時、さっさと下山しよう。もうほとんど開花期が過ぎたミツバツツジの群生地を天宮塚に向けて進んでいく。



天宮塚(440m)。聖徳太子がここで修行をしたという。ケルンにも似た石積みの上に白龍大明神が祀られた石碑が立っている。



ここからの眺望が素晴らしいのだ。大阪空港、猪名川、その向こうには大阪の高層ビル群、さらにその向こうには金剛の山並み…。もう少しクッキリしていればなぁ、と思いながら、ここでもしばらくマッタリ休憩する。



天宮塚から下山していくと、スマホに気象警報が入ってきた。10分後に雨が強まる。とのこと。予想していたより天気の崩れが早まっている。雨具は用意してはいるけれど、降られるとかなり厄介だ。かと言って適当な雨宿りポイントがあるとも思えない。



雨の中、この渓流の谷道を下っていくのは、かなり危なっかしそうだ。地図と睨めっこしていると、東の住宅街へと抜けることができそうな道があることを発見。明確な登山道は無いけれど、YAMAPに住宅街に抜け出たハイカーの記録がいくつかある。



山を切り開いて造成された住宅街(中山桜台)に向けて、当然急坂を下っていくものだと思っていたけれど、実際は逆に急坂を攀じ登っていく。一体どんな地形になっているのか、混乱しつつ登っていくと、ついに住宅街が見えてきた。



どうやら広大な住宅街(中山桜台、中山五月台、中山台)の北端に出ることができたようだ。いつ雨が降り出しても不思議ではないなか、一安心ではあるけれど、急斜面に造成された住宅街に驚かされる。坂というより、階段だらけなのだ。足腰がガクガクになる。



結局小雨に降られた程度で、住宅街を1時間近く歩いてJR中山寺駅へ。駅前には一般の聖徳太子のイメージには無い騎乗の像がある。信貴山の朝護孫子寺にも騎乗像があったはず。中山寺も朝護孫子寺も、物部氏との戦い(丁未の変)の直後に建立されたという共通点を持つ。



距離11.5㎞、登り獲得標高620m、所要時間5時間20分。清荒神で1時間半ほどブラブラしていたのが祟って登山開始は13時。幸い天気はもってくれたもののこれはマズイ。やはり低山と侮ることなく、9時頃までには山に取りつくようにしたいものだ。