2026年8月13日
酷暑からの逃避行で北海道函館へ。どんよりと曇ってはいるのに期待したほどの涼しさでもなく、湿気が高いけれど、気温は20度台。長らくほとんど歩かない日が続いていただけに、足慣らしとして五稜郭をちょっと散策してみることにする。
まずは星型要塞の形状を体感したく、外堀の周囲を一周する。外堀の幅は20mくらいかなぁ。手漕ぎボートを楽しむ人も多く、静かな公園の佇まだ。堀の石垣が高くないせいか、城郭のようには感じられない。
外周道路にはランニングやウォーキングをする人が多数。一周が1.8㎞だというから、何周も周回する人も多いのだろう。
星型要塞の突角。もう少し尖がっているものだと思っていたけれど、ほぼ直角だ。突角部には左右270度という広範囲の敵に対しての砲撃が期待されていると思うんだけれど、土塁や堡塁らしきものは無い平地だ。函館戦争後に撤去されたのか、あるいは元から無かったのか。
外堀端に「男爵薯を讃う」の碑が立っている。男爵薯とは男爵イモのこと。日露戦争後の不況にあえぐ函館船渠の役員が欧米から様々な種イモを取り寄せて北海道での栽培に取り組んだそうだ。この役員の爵位が男爵だったことから、男爵イモと名付けられたという。
歩きながら気になってはいたんだけれど、この外周道路は左回りと決められているようだ。といっても既に7割ほど右回りで歩いてきてしまった。高校時代、気分転換にトラックを右回りで走ったら、体育の先生に「右に回るのは競馬だけだ」と酷く怒られたことを思い出す。
外堀端ではウミネコ(たぶん)が羽根を休めている。近寄ってもまるで逃げ出そうとしないのはウミネコらしい。艦砲射撃の射程外に位置する五稜郭は海岸線から2㎞ほどは離れているんだけれど、ウミネコにすればひとっ飛びなんだろう。
カモも多い。水草の下に餌になる何かがあるようで、しきりに水に首を突っ込んでいる。カモは渡り鳥だと思うんだけれど、ここのカモは冬になると本州へと渡っていくのだろうか。
貸ボートは随分と賑わっている。かなりレトロなボートハウスだ。調べてみると、何と大正年間から営業しているらしい。不安定な漕ぎ方をしていると、放送で注意を促す責任感の強い営業姿勢には好感が持てる。驚いたことに「写ルンです」が今も販売されていた。
五稜郭外周を歩き終え、内郭部に渡る。お盆休みということもあって観光客は多い。入場料が無料なのが嬉しい。
橋を渡るとすぐにあるのが函館奉行所の復元門。1864年に北辺防備の拠点として、五稜郭を建設し、函館奉行所を設置した訳だけれど、僅か4年後の戊辰戦争の際、榎本武揚が率いる旧幕府軍に占拠されてしまった。その旧幕府軍も新政府軍の攻撃を受け半年で開城している。
古い大砲が2門展示されている。手前が新政府軍の軍艦に搭載されていたもので射程は3000m。奥にあるのが旧幕府軍のもので射程は1000m。兵力差も火力差も大きいなかで半年粘ったのだけれど、五稜郭自体がさほど有効に防衛に機能したようには思えない。
函館奉行所。20年前に復元されたものなんだそうだ。瀕死状態の江戸幕府が大金を捻り出して西洋の真似をして五稜郭を建てた訳だけれど、予算不足で要塞としては不完全。異国に向けたアピールという意味もあっただろうけれど、残念ながら無駄遣いと言わざるを得ない。
外堀の内側に狭い内堀があり、その内側に土塁が積まれているところもあるけれど、高さも十分とは思えない。四方が平地だけに大軍で攻め掛かられれば防衛は容易ではなさそうだ。
欧米でいくつかの星型要塞を見学したことがあるけれど、もっと頑強そうに見えたものだ。日本の風景の中に置くと同じものでも違って見えるのかもしれない。
五稜郭散策の歩行軌跡。もっとキレイな星型になると思っていたんだけれど、かなりギザギザ。歩行距離3㎞、歩行時間は僅か50分ほどだというのに、1ヶ月以上もまともに歩いていないせいか、この程度のウォーキングで結構疲れてしまった。
