黒田官兵衛スタンプラリー(博多)

2014年7月15日(火)


NHK大河ドラマに併せて、JR西日本が1年を通じて開催している黒田官兵衛スタンプラリー。スタンプポイントが、長浜(または木ノ本)、姫路、岡山、博多と広く分散しているだけに、コンプリートは諦めていたが、今回、偶然福岡県に出張する機会があり、久しぶりに博多駅にやってきた。



博多駅でスタンプを探すが、なかなか見つからない。それもそのはず、博多駅の大半はJR九州の施設で、JR西日本の施設は、山陽新幹線の乗り場付近だけなのだ。スタンプラリー開始から半年以上も経ったせいか、スタンプ台もかなり汚れてしまっている。




今年初めに姫路駅で最初のスタンプをゲットしただけで放置していた台紙を探し出して、出張鞄に入れて持った来た。ようやく2つめのスタンプゲットだが、姫路駅の若い官兵衛と異なり、博多の官兵衛は老体だ。他の駅の官兵衛の図柄が気になるが、長浜はともかく、岡山に行くことがあるだろうか・・・。



福岡市のマンホールは、とてもユニーク。様々な幾何学模様を組み合わせたものだが、何を表しているのか、さっぱり判らない・・・。帰宅後調べてみると、人の都・福岡市のアクティブなイメージを連想させる模様なんだそうだ。

阪奈カントリークラブ(コース内移動記録)

2014年7月13日(日)


ウォーキングの軌跡を残せる、お気に入りのスマホのアプリをゴルフ場で使ってみた。訪問したのは、狭いことで有名な阪奈カントリークラブ。よく見ると、隣のコースに打ち込んだり、バンカーで四苦八苦しているところも思い出せる。




総距離は12km程度。昨日のウォーキングと同じような距離とはいえ、実際は半分以上はカートで移動している。全て歩けばいい運動になることは判っているが、ゴルフではカートに乗って体力温存しているにもかかわらず、すぐヘトヘトになる・・・。

土砂降りと猛暑というゴルフには最悪の日とはいえ、スコアは散々。朝のティーショットでいきなりチョロして以降、大叩きの連続。OBや池ポチャも連発して、すっかり自信を無くしてしまった。

歴史街道BINGOdeラリー(長田商店街)

2014年7月12日(土) ②


藍那からの鵯越ハイキングの後、神戸電鉄長田駅からJR新長田駅までやってきた。ホントは歩く予定だったんだけど、暑さと湿気のためギブアップ。先々週からスタンプを集めている関西5私鉄「歴史街道BINGOdeラリー」のため、電車に乗ってやってきた。スタンプポイントは、鉄人ストリートの愛称で知られる新長田一番街。



こちらは酷暑の中のウォーキングでヘトヘトだというのに、鉄人28号は相変わらず元気いっぱいのようだ。



長田商店街は、横山光輝繋がりで、三国志の町でもある。商店街中に三国志関連のデコレーションやグッズが溢れかえっているのだけど、どうも馴染めないのが、「なりきり三国志」という立て看板。どうやら地元の商店街の店主などが、三国志の英雄に扮しているようだ。意気込みは高く評価するが、何ともイメージが合わない・・・。失礼ながら、三国志の最強武将であるはずの呂布なんて、すごく弱っちそうだ・・・。



長田商店街のスタンプをゲットして、1ビンゴ達成。しかし空欄だらけで、達成感には乏しい・・・。



鵯越ハイキング(藍那~長田)

2014年7月12日(土) ①


神戸電鉄粟生線の藍那駅にやってきた。以前、2年連続して、乗客数が減少して廃線の危機に瀕している粟生線が開催していた全駅ウォーキングのスタンプラリーをコンプリートしたことがある。その際、源義経が一の谷に向けて進軍したと伝わる古道を藍那駅まで歩いたんだけど、今日は藍那から先の義経の進軍路を歩いてみたい。



神戸に向けてダラダラと下っていくとばかり思っていたのだが、意外にも、スタート直後から、かなり急な上り坂が続く。あまりに蒸し暑いので、楽そうなウォーキングコースを選んだつもりだったのだが、甘く見過ぎていたかも・・・。



義経が平家の陣を急襲した、かの有名な逆落しの場所が須磨なのか、あるいは鵯越(長田)なのかが、昔から両論が対立している。藍那古道を南下して、「相談ヶ辻」というところで、文字通り、どちらに向かうかを相談したことまでは間違いないようだが、手元の地図がショボくって、その「相談ヶ辻」が見つからない。途中古い道標があったが、これとは違うようだ。



結局、最初の見どころと考えていた「相談ヶ辻」がどこかも判らないまま、鵯越説が主張する進軍路と思われる山道を南に進む。ホントにこの道で合っているのか?義経本隊とはぐれてしまったような気になり、徐々に不安になる。



などと考えていたら、突如、星和台というニュータウンに入り込んでしまう。名前からして、星和住宅が開発したところだろう。日本生命系の住宅開発会社で、日と生を合わせて星を会社名に付けたと聞いたことがあるが、最近大林組傘下になってしまったはずだ。



スポーツ、リクレーション、福祉サービスなど様々な施設を有する巨大公園「しあわせの村」にやってきた。「しあわせ」の前のマークが「ふ」に見えてしまうのは、気のせいだろうか・・・。



南北4km以上にも渡って広がる鵯越墓園の中を行く。びっしりとお墓が並んでいるのではなく、広大な里山に、墓園が散在しているという感じだ。



100万平米は軽く超えているだろう。ちょっとしたゴルフコースより遥かに大きいように思う。園内には、鵯越墓園が運営している墓参バスなるものが走っていて、バス停が墓園のブロックごとに設置されている。



義経にまつわる古跡のひとつ「義経馬繋ぎの松」が、墓園に隣接している高尾山の入口付近にある。残念ながら、松は枯れてしまって、ごく一部が残っているだけだ。



馬繋ぎの松の案内板に、この地に集った義経軍の主要メンバーが描かれた絵がある。僧形の武蔵坊弁慶もいるし、馬を担いで逆落しをしたと伝わる畠山重忠もいる。




この辺りまで来ると、福原や大輪田泊に滞陣している平家軍の様子が窺えたかもしれない。山陽道から神戸に西進する源範頼軍と、平家を挟撃すべく京から丹波篠山などを経由する大迂回をして、海が見渡せるところまでやってきたときは、さぞ感慨深いものであっただろう。



墓園には「芝生」と名付けられた区画がいくつもある。墓地の区画境界のない、西洋風の墓園になっている。



墓園を貫く道から脇に逸れて、蛙岩に続く小路がある。暑いし、細いし、草木が生い茂っているし、虫もいそうだし、鬱陶しくも感じたが、せっかくなので探索することにする。それにしても、蛙岩ってなんだ・・・?



まさか、これが、と、一旦はスルーして、先へ進んだんだけど、スマホで検索すると、これが蛙岩らしい。あまり蛙らしくは見えないが、奇岩ではある。



神戸電鉄の鵯越駅に向かって、ダラダラとした坂を下りていく。須磨説を主張する人は、鵯越には、平家物語などに描かれているような断崖絶壁のような急坂は無い、ということなのだが、実際のところ、どうなんだろう・・・。



鵯越墓地公園の南入口付近にある、「史跡鵯越」の碑。神戸市が立てたものだ。筒井康隆の短編に、神戸電鉄の社員は鵯越に、山陽電車の社員は須磨に、源義経一行を「そっちに行っちゃいけない」と互いに誘導する傑作小説があるが、神戸電鉄側の論拠のひとつが、神戸市が認定した石碑がある、ということだったように記憶している。



碑の前には、ちょっとした崖がある。これくらいの崖で、十分、逆落しだとは思う。40mの崖から滑落した経験から言わせて貰えれば、馬で断崖を駆け下りるなんてありえない。もっとも、このあたりで逆落ししても、平氏の陣からは未だ遠くて急襲にもならないように思う。



神戸電鉄鵯越駅。ここを通る道は、六甲全山縦走の一部にもなっているせいか、本格的なハイカーの姿が多く見られた。



義経の逆落しの現場を勝手に推測すべく、さらに南に向かう。鵯越を過ぎると、源平町という町名が現れるが、源平がぶつかったのは、もう少し南の平地部ではなかろうかと想像する。



神戸電鉄に沿って南下したいが、そうそう都合のいい道がない。何度も鉄道を越したり、潜ったりしながら、進んでいく。



神戸電鉄の丸山駅では、陸橋を超える。


鵯越展望公園を過ぎ、夢野台までやってきた。このあたりから先は、平地部が広がり、大した斜面は無さそうだ。「立入禁止、この斜面で遊んではいけません」の看板がある。ということで、ここを勝手に鵯越逆落しの崖と考えることにして、今日は帰ることにしよう・・・。馬に乗って下りるとするなら、この程度の坂で、十分すぎるほど、凄すぎると思う。



ホントは、JR新長田まで歩くつもりだったが、酷暑のため、11km地点でリタイア。名前は近いが、JR新長田までは3km以上ある、神戸電鉄長田駅に向かう。



記録された標高グラフでは、後半、かなり逆落し感があるのだが、実際歩いている感じでは、ダラダラとした下り坂でしかなかった・・・。

 

まとめ


歩行距離    11.7km
所要時間    200分 (3時間20分)
歩数        18100歩



歴史街道BINGOdeラリー(阿倍野・粉浜・住吉)

2014年7月6日(日)


先週、たったの3つのスタンプゲットで終わってしまった関西5私鉄「歴史街道BINGOdeラリー」。今日は大阪市南部のスタンプポイント(阿倍野・粉浜・住吉)を歩いて回ることにする。手元にあった京阪のウォーキングマップの熊野街道コースを参考に、北浜から南に歩き始める。



もっとも、熊野街道を歩くつもりが、ハルカスを目標に適当に南に向かう。阿倍野まで3km弱の谷町九丁目あたりでは、ハルカスは道の向こうに見えるものの、あまり300mもの高さを誇る威容を感じさせない。



阿倍野まで、あと1.5kmくらいまで近づいたが、手前の10階建てほどのビルと、視野に入る大きさ・高さは同程度だ。



しかし1km地点あたりから、近づくにつれ、ハルカスはグングン高さを増してくるように感じる。真下までやってくると、ビルの天辺を見上げるだけで首を痛めそうだ。



近鉄阿倍野橋駅の地下特急券売場で、本日最初のスタンプをゲット。しかし、この時点で、あまりの蒸し暑さで、既にシャツは汗でグッショリとなっている。昨日のゴルフの足腰の疲れもあって、次のスタンプポイントに行き着けるかどうか、不安になってくる。



とにかく、涼しそうで、面白そうなところを歩いて、疲れを感じないようにしよう。西成・阿倍野区界の上町断層の端っこの道を南に進む。大阪市が設置している「歴史の散歩道」の石版が、これでもかというほどに並んでいる。



大阪五低山のひとつにも数えられる、標高14mの聖天山の山頂にやってきた。「聖天さん」と呼ばれる正圓寺の本堂の前に山頂を示す碑が立てられている。もっとも、広い境内には、この地点より高いところがあるように思うのだが・・・。



松虫通の由来となっている松虫塚。美しい音色で鳴く虫を慰めるために旅人が立てたとか、後鳥羽上皇贔屓の白拍子の松虫姉妹が隠棲した所とか、様々な伝説があって、定説の無い史跡なんだけど、道路化することが憚られて、塚のところだけ歩道がメチャクチャ狭くなっている。



チンチン電車が走る南海上町線の線路の向こうに遠くハルカスが見える。



陰陽師安倍晴明の生誕地と伝わる安倍晴明神社。



このあたりで、小雨がパラついてきた。天気予報では夕方までは降らないとのことだったので、あまり深刻に考えずに、旧熊野街道沿いの史跡巡りを続ける。



北畠顕家の墓所。南朝の若きヒーローに相応しい立派なものだ。



小野小町の墓。いったい、全国にいくつあるのだろうか。少なくとも5ヶ所は訪問したことがある。



万代池。全周700mほどの立派な池だ。周囲には遊歩道も整備されて、ウォーキングやジョギングを楽しむ人も多そうだ。もっとも雨が徐々に強まってきて、歩いている人も少ない。



何をするものかは判らないが、池から突き出た塩ビ管が、水鳥の首のように見える。塩ビ管の周囲で休憩している亀が水鳥の体のようだ。



帝塚山古墳。これまた大阪五低山のひとつと数えられる。残念ながら鉄柵に囲まれて、立入ができない。宮内庁が管理しているものかと思ったが、案内板を見ると「住吉村常磐会」という一般財団法人が管理しているようだ。被葬者については、6世紀初頭に権勢を奮った豪族の大伴金村から、驚くべきことに浦島太郎まで、種々の説があるらしい。



雨の中を歩き続けて、スタンプポイントの粉浜商店街にやってきた。スタンプは、商店街事務所にあるとスタンプラリー台紙に書いてあるが、事務所って簡単に見つかるのだろうか・・・。



商店街の中ほどに、唐突にスタンプポイントは出現した。簡単なパネルに括りつけられたスタンプ台がグラグラして、スタンプは押しにくかった・・・。



詳細が判らないのだが、大阪市内24区が連携した「天下一祭スタンプラリー」というものが、始まっているようだ。各区の区民まつりで用意されているスタンプを集めるという、大阪冬の陣400周年行事の一環らしい。

この日は24区の先頭をきって、住之江区の区民まつり(住之江まつり)が開催されているが、歩いていては15時の終了時刻に間に合いそうにない・・・。止むをえず、タクシーで会場の住之江区役所に14時半過ぎに駆けつけるが、なんと雨天のため、早仕舞いしていた・・・。ショックだ。



今更傘を買う気にもならず、トボトボと住吉大社にやってきた。ここもスタンプポイントなんだけど、BINGOの成立のためには、重要なポイントではない。近くまでやってきたので、行きがけの駄賃のように、スタンプを貰って行こう。



雨が降りしきるなか、結婚式が行われていた。



明日は七夕。安倍晴明神社でもそうだったが、住吉大社にも七夕の飾り付けが施されていた。



ズブ濡れになって、南海住吉大社駅へ。ここからチンチン電車に乗って、天王寺まで戻ろうと考えていたのだが、いつの間にか、朝の数本を除いては、ここから電車は出なくなっていた。雨ざらしの「住吉鳥居前」駅に行く気にもならないため、南海本線で帰宅する。



随分歩いたように記録されているが、このうちの一部はタクシー利用・・・。それでも雨のなか、まずまず頑張って歩いたものだ。


 

まとめ


歩行距離    約16km
所要時間    休憩やら昼食を含めて、5時間半くらい
歩数       21500歩