【番外】西京極

2012年4月30日(祝)



野球大会で西京極へ。
わかさ生活がネーミングライツを買い取っているものだから、わかさスタジアムなんだけど、日本海側にあると思っている人が多いんじゃないかなぁ・・・。




曇天のなか、強豪相手によく粘ったが、試合は惜しくも負け。しかい若手の台頭など、収穫は少なくなかった。



【番外】大津市(皇子山球場)

2012年4月29日(日)



社会人野球の京都大会で、朝から大津市皇子山球場へ。
この球場は、グラウンドも、スタンドも、ベンチも、とても良く整備されている。



ただ、比叡山と琵琶湖に挟まれたところだけに、風に要注意なのだけど、今日は快晴で無風。
先発投手の力投で、完封勝利できた。



皇子山球場周辺を、時間の許す範囲で、少し散策するつもりだったのだが、あまりの暑さに負けて断念。なにぶんスーツ&ネクタイ姿だったもので。
明日は西京極。

京都一周トレイル(4)二ノ瀬~清滝

2012年4月28日(土)

二ノ瀬~夜泣峠~十三石橋~氷室~仏栗峠~高雄~清滝



二ノ瀬から西は、ほとんど土地勘が無い。少なくとも高雄までは行かなければ、途中リタイアしたくとも、バスも電車もアクセスが無い。北山コースの終着点の清滝を目標にするものの、あわよくば嵐山まで行きたいと思い、私にしては頑張って、朝6時40分頃に家を出た。

慌てて出発したので、ステッキを忘れてしまった。さらに大失敗は水分の準備。朝、大阪で500mlのペットボトルを2本買っていったのだけど、出町柳で買ったパンを食べながら、鞍馬電鉄の中でほとんど1本飲んでしまった。朝から甘いパンをいくつも食べたことも反省すべきだが、水分補給にこの日一日苦しみ続けることになる。


(1)二ノ瀬から夜泣峠


前夜に宴席を2つ掛持ちしたこともあり、体がだるい。出町柳で買い物をしたり、トイレに行ったりして、結局二ノ瀬到着は9時前。

二ノ瀬到着後、いきなりの登りで、夜泣峠へ。それにしても二ノ瀬駅付近は飲み物の自販機などありそうな気配が無い。まぁ、なんとかなるだろう。(と、この時は思っていた)




夜泣峠に到着。ゾクッとするネーミングだねぇ。



夜泣峠から、杉林のなかの細い道を辿って、向山に進む。



一気に暖かくなったせいか、2週間前と異なり、山の中には椿?とか、ミヤマツツジ?とか、の花が疲れを癒してくれる。
写真には撮れなかったが、リス(たぶん)にも遭遇した。








(2)向山から十三石橋へ


向山に到着。今日もSUUNTOの高度計はバッチリだ。良い買い物をした。



向山から十三石橋に向かう道で迷った。何本もの倒木で道が塞がれている。いくらなんでも、違うだろう、と思い、一旦、向山山頂に戻った。



ところが向山山頂で、いかにも山慣れした感じで、京都一周トレイルの地図を持った男性が、倒木で塞がれている道に向かってスタスタと歩いて行った。頂上のトレイルの標識を見ても、やはりその方向で正しそうなので、男性を追って、再び倒木で塞がれた道に向かった。

確かガイドブックには、向山から十三石橋に向かう道は、途中にベンチなどもある快適な登山道とあったはずだが、この道は、障害物コースのようになっていて、乗り越えたり、くぐったり、身長184センチの大男(しかもデブ)には辛い。



途中、明らかに道が違うと確信する。西に向かうべきところを、東南に向かって山を下っている。しかも電車の音が聞こえる。朝乗ってきた鞍馬電鉄でしかありえない。悲しい・・・。 しかし再び向山に戻るには、遅すぎた。意を決して車の音が聞こえる方に向かって、さらに下り続けた。

ようやく車道が見えたが、車道に下りる道が見当たらず、このあたりでウロウロした。



やっとのことで車道に下りると、鞍馬街道のすぐ近くまで戻っていた。二ノ瀬駅のひとつ南の市原駅のすぐ傍だった。道路の反対側に、向山で私を追い抜いて行った男性の姿を発見した。地図とニラメッコしているところを見ると、私と同じように、やはり間違ってこの場所に下りてきたのだろう。

家に帰って、ブログを検索していると、同じように向山から間違って南に下りた人の話が出ていた。下り道で足首を骨折したそうだ。今日も危ない道を選びながら、幸運にも怪我することもなく帰ってこれたことになる。




二ノ瀬に戻って、再度やり直す気にもなれず、鞍馬川に沿った車道を西に向かう。車の通行量は少なく、なかなか快適な道だ。


何の花だろう。とても綺麗。



三十石橋を越えて、ようやく本来のルートに戻る。
距離的にも、精神的にも、ロスは大きいが、気を取り直して、再び山に入る。
気になるのは水分。ペットボトル半分くらいしかないが、自販機も店も見当たらない。


(3)盗人谷を越えて、氷室へ


盗人谷という、強烈なインパクトを持った名の谷を進む。途中、盗人谷一の橋、二の橋、三の橋、と3つの木橋が掛っている。手作り感満載の粗末な橋だが、京都一周トレイル整備に当たった方々が、作ってくださったものだそうだ。有難いことだ。



杉の木に絡みついた雑木を切断している方に出会った。今年は積雪が多く、樹木の倒壊が例年になく多いそうだ。




小峠というところまで、結構厳しい山道が続いたが、そこを過ぎると杉木立の中を行く気持ちのいい林道だ。


氷室の里に下りてきた。今週も満開の桜を見ることができた。これは八重桜か??? 花の名前はさっぱり覚えることができない・・・。



氷室神社。
既に水は無い。神社の手水でも飲ませてもらおうかと思ったが、奥深そうな神社なので、やめた。


氷室は山に囲まれた長閑な村だ。隠田集落のような雰囲気のあるところだ。それにしても人はいないし、当然のように自販機も無い。道端の湧水のようなもので喉の渇きを癒しながら進む。

少々遠回りをして、地図に出ていた、レストランも併設している山荘風のロッジ?に到着。コーラを飲む。コーラなんて、最近はほとんど飲まなくなったけど、さすがに今日は美味しい。体中に沁み込むようだ。

優しいお姉さんが、空になったペットボトルにも水を入れてくれた。帰り際に、また来てくださいね、と嬉しいことを言ってくれたけど、再び来ることはあるだろうか。




(4)上ノ水峠から沢ノ池へ


杉の木立の向こうに京都の街が見える。
この辺りには、秋には通行止めになる道がある。松茸採りの作業の邪魔にならないようにということだ。(実のところは、松茸泥棒を防ぐためなのだろうが)


沢ノ池に到着。溜め池だそうだが、なかなか美しい池だ。池のほとりでボーッとしたい気にさせる。



高雄に向かう道は、北山杉に囲まれている。
杉の切り株から、新たな枝が出て、まっすぐ細い幹が伸びているが、このままで、また杉の大木に育つのだろうか???



(5)高雄


二ノ瀬から歩き始めて7時間!ついに飲料の自販機と出会った。政令指定市、京都の市内で、7時間も歩いて自販機に出会わないなどとは考えていなかった。見通しが甘かった。2リットルは持って来なければいけなかった。立て続けにペットボトルを2本、飲み干した。




道中、とにかく汗をかいた。いくらでも水分が欲しかったが、高雄近辺の気温表示を見て驚いた。4月の16時前というのに29度もある。



一昨年の秋に訪れた西明寺の前を通過。水を一気飲みしたこともあって、強烈な疲労感に襲われてきた。今日のところは高雄で終えようか、とかなり弱気になってくる。



神護寺参道。左手は一昨年秋に紅葉を見るために宿泊した高雄観光ホテル。当時は大変な人出だったが、今はシーズンオフ。宿泊客もいそうにない。

凄い偶然だが、帰宅すると高雄観光ホテルから葉書が届いていた。6月から「舞妓さんと川床料理」が始まるそうだ。




(6)清滝


高雄からバスで帰るという誘惑を断ち切り、疲れた体にムチ打って、北山コースの最終ポイントとなる清滝に向かう。清滝川沿いに遊歩道が整備されている。川のせせらぎが心地よく、河原に下りて顔を洗いたい、という衝動にかられる。



途中には、川を渡る石橋なんかもあって、休日の散策にはもってこいの道だ。



清滝到着。北山コース最終ポイントの94番標識。
ヘトヘトに疲れた、と感じた後の、もうひと踏ん張りができた時は、とても充実した気持ちになる。



比叡山を少し上回って、京都市最高峰となる愛宕山への登り口。明智光秀の愛宕百韻など、多くの歴史的舞台ともなった愛宕山にも、近いうちに登ってみたい。



西山コースの1番標識。次回はここから再スタートする。
清滝のバス停から、阪急嵐山駅に向かい、足取り重く帰宅した。



 

まとめ


歩行距離  20km (道を間違えてのロスを含めば23キロくらい?)
所用時間  515分 (8時間35分)
歩数     34400歩 (しっかり16900歩)


【当選】橿原漫遊スタンプラリー

2012年4月26日(木)


帰宅すると橿原市観光協会から、3月10日に行った「橿原漫遊スタンプラリー」の賞品が届いていた。ホテル宿泊券1,000円券が10枚! 合計1万円分だ。

今年に入って、「とれっくる葛城」、「磯城の里ウォーク」でも商品やオレンジカードを貰うなど、特に奈良県のスタンプラリーは、かなりの確率で当選している。それにしても、ウォーキングイベントのスタンプラリーは当選率が高い。あまり参加者がいないのだろうか。面白いのにねぇ・・・。



橿原市内の8つのホテル・旅館で使えるこの宿泊券、当選はとても嬉しいが、自宅から1時間のところで、どのように使うかなぁ・・・。

信州長野(善光寺~川中島~松代~篠ノ井)

2010年4月21日(土)


 善光寺~川中島~松代~オリンピックST~篠ノ井駅


金曜日の夕方に会社を飛び出して、信州長野に向かった。
中央線の人身事故のため、名古屋発の特急しなのの発車が大幅に遅れたため、長野駅近くのビジネスホテルに到着したのは午前零時前。結構疲れはしたものの、土曜日はきっちりと朝6時に起きて活動開始できた。幸いにも長野は快晴。絶好のウォーキング日和だ。


(1)善光寺


ホテルで朝飯をたっぷり食べて、まず向かったのが、かの有名な善光寺。長野は代表的な門前町と教わった記憶があるけど、たぶん、圧倒的に城下町が多い県庁所在地のなかで、純粋な門前町って長野くらいじゃぁないかな。

「一度は参れ善光寺」と言われるほどだけど、朝早くということか、人影もまばら。門前の御土産屋もほとんど開店前。おかげでゆっくりお参りできた。





善光寺前の信号機。時間が経過するとともに、赤のドットの数が減っていく。梅田や難波の歩行者信号が、あと何秒で信号が青に変わるかを表示していることから、大阪人はセッカチだと言われるが、長野にも類似のものがあった。もっとも他では見かけなかっただけに、長野人がセッカチという訳ではなく、全国各地から来た大勢の人がここを横断するからなのだろう。




(2)川中島


一旦宿に戻ってチェックアウトした後、長野駅を越えて南下。さあ、長野を歩きまわるぞ。

地図を見て初めて知ったのだけど、川中島って、大阪の中之島のように、川の中州ではなくって、犀川が千曲川に合流する三角地帯。川に囲まれているのではないのだ。
犀川は上高地の梓川を源流とする川。このあたりからは北、東、西のいずれにも冠雪した山を望むことができる。






表札も無いお寺。屋根も鐘楼もなかなか風情がある。



川中島古戦場(八幡原史跡公園)に到着。
謙信が信玄の本陣に単騎切り込んだ有名な場面が銅像になっている。



最も有名な第四次川中島の戦いの案内板。
このあと、左下の現在地から、上(図では上が南)に向かい、千曲川を渡って信玄本隊がいた海津城(その後の松代城)に。次に川沿いに右(西)に向かい謙信が陣取った妻女山の麓を通り、謙信軍同様に千曲川を渡って右下(北西)に向かう予定だ。



今週も桜を楽しめた。古戦場跡は桜が満開だ。



松代藩が生んだ鬼才、佐久間象山の像。よく教科書などで見る写真同様にキツイ目つきである。
かの名曲、長野県歌「信濃の国」に登場する、長野県出身の偉人は、木曾義仲、仁科信盛、太宰春台、佐久間象山の4人だが、義仲は乱暴者、信盛は負け組、春台はマイナー、象山は奇人、って感じで、今イチなんだよね。真田が入らないのは、昌幸の時代の本拠地が上野国だったからなのか。



(3)松代


千曲川を渡ると、松代に入る。
真田の六文銭紋と兜の前立てをモチーフにした橋の表示。




長野電鉄の線路。
なんと松代方面に向かう路線は、この4月1日に廃線となっていた。



つい3週間前までは使われていた松代駅。静かでレトロな駅舎である。
もっとも太平洋戦争末期に、空襲が相次ぐ東京から天皇を遷座すべく、「松代大本営」建設工事が進められた際には、この松代駅に大量の労働者が招集されたという。
陸軍が松代大本営を推進したのに対し、海軍は奈良の天理に大本営を建設しようとしたと聞いたことがある。柳本のあたりには飛行場もあったそうだが、一度詳しく調べてみたい。



松代では、ちょうどウオーキング大会が開催中だった。
松代城跡が大会のスタート&ゴール地点になっていて、さまざまな出店が並ぶなかで、イベントが開催されていた。



松代城跡も桜が真っ盛りだった。



松代から千曲川の南岸を西に進む。
千曲川の南には、上杉謙信が陣取った妻女山。



山本勘助の啄木鳥戦法を見破り、謙信が八幡原に軍を進めたと思えるあたり。
頼山陽の「鞭声粛々夜河を渡る」の場面が思い浮かぶ。



(4)オリンピックスタジアム


1998年の長野オリンピックの開会式会場になったスタジアム。
今は野球場として使われている。


長野に来た主目的は、ここで開催されている社会人野球の試合。
会場のトイレで、ラフな格好から、スーツ&ネクタイに着替えてベンチ入り。強豪に対して完封勝利するナイスゲームだった。



試合が終わって、JR篠ノ井駅まで歩く。
長野市内は、とにかく地下道が多い。降雪のせいだろう。



篠ノ井駅から、18時19分発の特急しなのに乗って帰阪。
帰路はトラブルも無く、スムースに帰ることができた。


まとめ

歩行距離  23.4km
所用時間  313分(6時間13分)
        (善光寺行き、野球試合の時間を含まず)
歩数     40100歩
        (メイン歩数計が電池切れのため、「しっかり」は計測できず)