近鉄田原本線完歩(西田原本~新王子)

2018年7月28日(土)


近鉄田原本線が100周年ということで、沿線の5町(田原本町・三宅町・広陵町・河合町・王子町)がそれぞれの駅前で記念イベントを開催するという。関東方面から西進する常識外れの大型台風が近づくなか、奈良県の田原本に出掛ける。



イベントが行われるはずの「橿原線の田原本駅」と「田原本線の西田原本駅」(同じ近鉄なのに、50mほど離れて2つの駅に別れている)の間にある広場は、ガラ~ンとしている。駅員さんに聞くと、台風のため、今日も明日もイベントは中止になったとのこと。降雨は覚悟のうえでやってきたが、イベントの完全中止は想定外だ。



西田原本駅には、かつて大和鉄道(後に近鉄に吸収)時代の車両の復刻塗装列車が停車していた。大和鉄道の復刻ヘッドマークが無ければ、阪急の車両と思ってしまうような色だ。



ありきたりな出店や縁日が中心と思われるイベントとはいえ、中止で出鼻を挫かれた思いを引き摺りながら、予定通り新王子駅まで田原本線完歩を目指そう。建設が進む京奈和自動車道の下を横断するための、農耕車専用の地下道があることを発見する。田んぼの中に高速道路を建設するための苦肉の策のように思える。



西田原本駅の次の駅、黒田駅にやってきた。元々は小さいながらも瀟洒に作られたであろう駅舎も老朽化が進み、ローカル感満載だ。



黒田駅のすぐ近くに黒田大塚古墳がある。古墳時代後期(6世紀初頭)の前方後円墳だ。環濠は消滅してしまったらしいが、フタコブラクダ状になった緑の墳丘のうえに登れるようになっている。



さらに進むと法楽寺。聞いたこともなかったのだが、このあたりが桃太郎伝説発祥の地だと大きくアピールされている。もともと第七代孝霊天皇の宮があり、吉備を平定した孝霊天皇の弟君が桃太郎のモデルだという。う~ん、孝霊天皇なんて実在さえ怪しいし、このような話で岡山の人たちが納得するのだろうか。



 この地は古くは桃の産地で、川上から流れてきた男子が神様になったという言い伝えもあるそうだ。とすれば、この飛鳥川を桃が流れてきたということだろうか。



その名も「将軍桃太郎」という運送会社が法楽寺の傍にある。桃太郎伝説に肖っての社名だろうが、それ以上に目を引いたのは、運送会社の敷地にあるコンテナをそのまま利用した喫茶店。残念ながら営業していなかったが、内部がとても気になる。



田原本町を出て、三宅町に入る。杵築神社の境内に十三重石塔がある。鎌倉時代のものにしては、随分と保存状態がいいので驚く。それにしても、この辺りには杵築神社という名の神社がいくつも固まっている。同名の神社が固まっている例は少なくないが、その経緯を誰かに教えてもらいたいものだ。



万葉の花「あさざ」の鉢植えが町のアチコチに見られる。三宅町の花になっているらしい。一時は絶滅危惧種だったものが、保全活動が功を奏して、最近、ついに準絶滅危惧種に格下げされたという。



三宅町の但馬駅前に、「イベント中止のお知らせ」の貼り紙があった。田原本ではこのような告知は見られなかったと思うが、田原本町に続き三宅町でも中止ということは、おそらくこの後訪問する残り3町もイベント中止になっているのだろう。



駅前の古い街並みを過ぎると、長閑な田園風景が広がる。大雨の後に酷暑が続き、米作への影響が懸念されるが、素人目には稲は順調に生育しているように見える。



広陵町の箸尾駅。この駅が田原本線のほぼ中間地点にあたるためか、待機線が設けられている。



駅前の駐車場には、大和鉄道開通100周年の横断幕が張られていたが、イベントの気配さえ感じられない。広陵町でも中止になったようだ。



田原本町が桃太郎なら、広陵町はかぐや姫の里を自称している。根拠となる伝承などがあるのだろうが、看板を立てるばかりではなく、物語の雰囲気を味わえる場所なども作ってもらうたいものだ。



スレート葺の三角屋根にレンガ造りの煙突。絵にかいたような産業遺産、明治~昭和初期の工場が見られる。どうやら織布工場だったところのようだが、随分前に活動停止しているようだ。



広陵町は靴下の町として有名だ。小さな町だが全国の靴下の4割を生産しているそうだ。事業者の数も150もあるらしい。おそらく先ほど見た織布工場にも関連するのだろうが、このあたりが大和木綿の産地だったことから発展した産業ではないだろうか。



河合町に入った途端、町のマスコットキャラクター「すな丸」が、アチコチで見られるようになる。調べてみると、町内の廣瀬神社で毎年2月に行われる「砂かけ祭」という奇祭に因んだものらしい。



池辺駅前には河合町役場があるのだが、役場とは思えない荘厳な門にビックリさせられる。もともとは大和鉄道の創業者の邸宅だったものを、そのまま役場に転用したそうだ。今は近代的な庁舎が敷地内に建てられているが、立派な邸宅の一部や豪華な庭園は、そのまま役場のなかに取り込まれている。



池辺駅から佐味田川駅の横を通って、そのまま大和川に向かう。佐味田川駅と新王寺駅の間には大輪田駅があるのだが、これに立ち寄るのは随分遠回りになってしまうのだ。途中、たんぼの楽耕(がっこう)なるものが現れる。休耕田を体験農園などに転用する取り組みのようだ。



大和川に架かる大城橋。これが珍しい潜水橋(沈み橋)だ。増水時には橋は水没してしまうことを覚悟して作られた簡易な橋だ。



橋の幅は2mもない。ガードレールもない。街路灯もない。増水時ならずとも、突風やハンドルミスで容易に川に転落してしまいそうなのだが、1~2分に1台くらいの割でこの橋を車両が通行していく。



ゴールの新王寺駅に到着。ここも生駒線の王寺駅がすぐ傍にあるのだが、同じ近鉄というのに、別の駅になっている。JRの王子駅から帰路につく。



心配していた雨に会うこともなく、さらに比較的暑さの和らいだ日だったおかげで、14kmの道程をさほど疲れることなく歩きとおすことができた。