音羽三山(桜井市)

 2026年5月10日


奈良県桜井市の音羽三山に向かう。先日訪問した談山神社や多武峰の東側に連なる山だ。薄っぺらい日本書紀の記憶によれば、神武天皇は頑強に抵抗する宇陀の豪族との戦いに勝利した後、この山々を越えてついに明日香に入ったんじゃなかろうか。



最近には珍しく朝7時台に山に取りつく。まずは音羽山の中腹にある音羽山観音寺を目指す。藤原鎌足を祀る談山神社の丑寅の鬼門を護るお寺だという。簡易舗装道だけれど、駐車場からお寺まで1.5㎞ほどの道がとんでもない急坂。



急坂の脇にはベンチも多数設置されていたけれど、頑張ってノンストップで音羽山観音寺に到着。が、開門は9時とのこと。駐車場に車を停めさせていただきながらお参りできないのは残念で申し訳なくもあるけれど、閉ざされた門扉越しに参拝、撮影させていただいた。



距離的にはお寺が山頂までの中間点だけれど、この先さらに勾配はきつくなる。それでも頑張って登っていくと、この先道路が決壊しているので展望台経由で登れとの警告板が現れた。元より展望台経由で登るつもりが、今日もまた違う道に入り込んでしまったようだ。



写真では解りにくいけど、勾配がきついことに加えて、路上に石が多く、また道幅が狭い。危険個所はないけれど、とても歩きにくく疲れる道が続く。



全く展望の無い道を進んできたけれど、万葉展望台というところでようやく西側の眺望が開けた。明日香・御所の町の向こうに聳えるのは、左が金剛山、右が大和葛城山だ。



展望台の標高は710mほど。音羽山山頂まではまだ150mほど登らねばならない。「音羽山への山頂近道」の案内板が現れた。いや近道ってことは急勾配ということだろう。遠回りでも緩やかな斜面を登りたいんだけれど、「近道」以外の道は見当たらない。



杉林のなかの急勾配。相変わらず写真が下手くそで、勾配が伝わらないけれど、心が折れそうになるような坂が続く。人々が歩くことで道ができる訳だけれど、その意味では、まだ道になりきっていないと言える。



音羽山(851m)。山頂部は高い杉の林に囲まれて眺望は無い。ごく簡易なベンチが一脚あるだけだけれど、有難く休憩させていただく。ここまで誰とも会わなかったけれど、ここでトレランの若者が休憩もせず抜き去っていく。



音羽山から経ヶ塚山、熊ヶ岳に向けて縦走開始。しばらくは杉の樹々に囲まれた長閑な道が続くけれど、こんな平坦な道が続かないことは判っている。等高線図を読むと結構なアップダウンを繰り返す道が待ち構えていることは間違いない。



アップダウンも厄介だけれど、樹々の根っこが道を覆っていることも厄介。うまい具合に階段のようになっていて助かることもあるけれど、つま先を引っ掛けて転びそうになることの方が多い。



経ヶ塚山の手前で宇陀の又兵衛桜に下る分岐点がある。道明寺の戦いを逃れ、隠遁した屋敷にあった桜だという。又兵衛には九州に逃れたという説もある。義経、信長、光秀、勝頼、幸村…、願望が先にあるのだろうけれど、実は死んでいなかったという話が多すぎる。




経ヶ塚山(889m)。山名から想像するに、経典を奉納したような山なのだろうか。灯籠のようなものが立っている。横たわっている石材は、ベンチかと思いきや、よく見ると何やら文字が刻まれていて、元は何かの宗教的な構造物があったことを窺わせる。



ここもまた眺望のない山頂だけれど、赤いツツジが咲いており、その周囲に濃い緑の低木、さらにその周囲に薄い緑の高木、そしてその上に青い空。こんな山頂も悪くない。



岩だらけ、アップダウンだらけの尾根筋を伝って、次のピークを目指す。歩き始めて急登を登っていくとすぐ上着を脱いで半袖になったんだけど、標高が高いせいか、尾根を風が抜けるせいか、長袖に上着を着ていて丁度いい感じだ。



熊ヶ岳(904m)。音羽三山お揃いの山頂標識がここにも立っている。途中しっかりとした標識もところどころあり、地域の方が、この山系のハイキング道整備に力を入れておられることが良く判る。でも、山中で出会った人は4〜5人。5月の日曜日としてはちょっと寂しい。



熊ヶ岳を過ぎると、かなり荒れたところが目に付く。経ヶ塚山も熊ヶ岳もベンチのようなものはなく、座り込んで休憩するところを探しながら歩いているんだけれど、なかなか見当たらない。



唐突に反射板が現れた。電力会社のものだろうか、通信、放送用のものだろうか。この設備、簡単そうな構造ながら、正式には無給電中継装置と言い、電力不要で電波を中継するという優れものなのだ。が、周囲が立木に覆われているところでも機能するのだろうか。



ここまでアップダウンを繰り返してきたけれど、熊ヶ岳を越えて、大峠まで、最後の激下り。つい蹴り飛ばしてしまった石が、どこまでも転がり落ちていく様は恐怖を呼び戻すのに十分だ。さすがにトレッキングポール無しでは怖くて下れない。



大峠にある「女坂伝承地」。登山道が2本ある山ではキツイ登りを男坂、比較的緩やかな道を女坂と呼ぶことが多いけど、ここは違う。日本書紀にも記載がある、宇陀の豪族が神武天皇軍に対抗するための予備軍(なんと女軍と呼ぶ)を配置したところ。主力軍は男軍なのだ。



渓流沿いの長~い林道をトボトボ歩いて出発地点へと戻る。風景はいいんだけれど、地味な下りが続き、膝にはとても堪える道だ。



あらかた山を下り、人家があるところまで下りてくると、渓流に大きな注連縄が張られている。この辺りも山を神域として大切にし、邪なものが神域に入り込まないよう、注連縄で結界を作っているのだろう。



不動延命の滝。左が滝で、右が渓流から流れ込む水だ。落差は数mほどだけれど、水は清らかでヒンヤリとした水飛沫を体じゅうで受け止めることができる。何より、周囲に誰もいないところがいい。



出発地点に戻ってきた。大峠からの道が長く、ほぼ下り道だというのに妙に疲れてしまったけれど、「ご縁を大切に」と書かれた音羽山観音寺のイラスト看板にホッコリさせられる。



距離8.6kkm、登り獲得標高880m。所要時間は5時間半。山頂などで1時間以上もゆっくり休憩しながらの山行だったけど、下山は13時過ぎ。久しぶりに時間に追われることのなく、のんびりと歩くことができたような気がする。