フォートワース散策

2019年4月20日(土)


米国出張中の週末、テキサス州のフォートワースに滞在する。人口700万と言われるダラス・フォートワース都市圏における大都市でありながら、この町のウリは「カウボーイ」。町は、テキサスロングホーンと呼ばれる牛のイラストで溢れかえっている。週末の1日、この町を歩き回ってみることにしよう。



ダウンタウンの真ん中に、ケネディの銅像がある。ケネディは、ダラスで射殺される前夜フォートワースに入り、翌朝、ここで最後となる演説を行ったそうだ。



サンダンススクエア。古い建物を保存しつつ、レストランやライブエンターテイメント施設が集中している、観光客には有難い区画だ。ここにも、多数ロングホーンを率いたカウボーイの絵が描かれている。



ダウンタウンを北に突き抜け、ストックヤードと呼ばれるカウボーイ文化が保存された歴史地区へと向かう。空は真っ青。歴史的な建物(裁判所)と、近代的な高層ビルが共存する町を背に北へ北へと歩いていく。



海外でのウォーキングで唯一頼りとするグーグルマップだけど、ここフォートワースも、ヒューストンなどと同様、ダウンタウンを一歩出れば、歩行者のことなどまるで考慮されていない。こんなとこ歩いていいのかぁって感じの幹線道路脇に空地を進む。



1時間ほども歩いていくと、少しずつ風景が、西部劇のセットにでもなりそうな建物が現れてくる。まあ、この先にストックヤードがあるから進んでいくのだけど、ちょっとヤバそうな気配も感じられる。



いよいよストックヤード地区にやってきた。土曜日ということもあるのだろうけど、駐車場を目指す車で道は大渋滞だ。



あまり予備知識もないままにやってきたのだけど、かつて牛の取引が行われていた場所がそのまま歴史地区といて保存されているようだ。ちょっとしたテーマパークのようなところだけど、ブラブラ歩き回るだけでは入場料も要らない。



随分と古い回転扉を押して、家畜取引所の見学に入っていく。



競売にかける牛を留め置く施設が、歩廊の上から見学できる。牛のための柵も歩廊もすべて古い木製だ。この歩廊ももともとは見学用ではなく、買い手が牛の値踏みをするためのものだったのかもしれない。



ちょうど餌時だったようで、沢山の牛が餌場に向かって集まってきた。上から見下ろしている観光客などには一瞥もくれることもない。ノシノシと実に堂々と歩いてくる。無駄な脂肪は少なそうで、米国人好みの噛み応えのある低カロリーの赤身肉であることが判る。



飼料となる藁の束は直径3mくらいもあるのだけど、この藁を食う牛たちも負けず劣らずデカい。ツノだけでも幅2mくらいありそうだ。藁の回りには集まるものの、ムシャムシャと食べる訳でもなく、実に落ち着いている。



ロデオの会場も覗いてみた。昨年ヒューストンでフットボールスタジアムの高いスタンドからの観戦をしたけど、ここならもっと臨場感あるロデオが楽しめそうだ。もっとも45ドルというのは安くない(ヒューストンよりは安いけど)し、夜まで待てない・・・。




トイレの男女マークもカウボーイとカウガール。



屋外では、子供たちが列を成してロングホーンに乗せてもらっている。子供たちは大興奮だけど、ロングホーンはそんなことは意にも介さずおとなしくしている。



幌馬車なども街中を走り回っている。



町中のアチコチに騎乗のカウボーイがいて、観光客の相手をしてくれる。いやあ、実に楽しい町だ。



かつて、取引される牛たちを運搬してきた列車の線路は未だ残されていて、駅舎?は土産物店などに転用されている。



土産の多くは西部劇でみられるような、カウボーイハットや革ベルト。馬の鞍とか鞭とかロープなんてものも沢山売られている。



牛の角や革なども多く売られている。様々な柄があって、意外にスベスベしている。1枚180ドルというのは安いとも思えるけど、買って帰る訳にはいかない・・・。



とにかく暑い。「前のガールフレンドの心くらいに冷たいビール」が飛ぶように売れていた。



土産物屋をウロウロしていたら、いつの間にか列車が入線していた。特にお客や荷物を運ぶ訳でもなく、観光客を喜ばせるイベントのようだ。



ストックヤードを堪能し、再びダウンタウンのホテルまで歩いて帰ることにする。来た道と異なり、少々遠回りになるけど、歩きやすそうな川沿いの道を目指す。道路の脇には、自生か栽培かは判らないけど、サボテン系の植物が目立つ。



川沿いに自転車道が整備されている。これって、ウォーキングでもOKなんだろうか。



いかにも自転車が高速走行しそうな整備された道路だ。ノロノロと歩いていたら大迷惑って感じなんだけど、いかにも歩いて楽しそうな道だ。前後の自転車に注意して、いざとなれば芝生に退避すれば大丈夫だろう。



道でなく、芝生を歩いていても気持ちいい。様々な草花が目を楽しませてくれる。ダウンタウンのビル群は随分遠く見えるけど、来た道よりもずっと楽しいウォーキングになりそうだ。



川沿いを歩くというのが、さらに気持ちいい。テキサスといえば、あまり川など長邸内ようなイメージもあったけど、随分と水量も多い。それに水質も悪く無さそうだ。



ダウンタウンに近くなると、各種のボートで水遊びに興じる人達も見られる。日本でいえば、6月下旬くらいの気候だ。



本日の歩行経路。ストックヤードを出たところで、スマホアプリの操作を誤ったようで、途中で軌跡記録が停止していたのが残念。フリーハンドで歩いたと思われる経路に赤いラインを引いておく。ダウンタウンやストックヤードでウロウロしていたときの距離が多くカウントされているけど、実質的なウォーキングは15km程度と思われる。


苫編山塊縦走(姫路)

2019年4月13日(土)


姫路駅から僅か3kmほど西側に低山が連なっている地帯がある。苫網山塊と呼ばれているところだ。これまで馴染みのなかった山塊とは、山が塊状になっているところを呼ぶらしく、珍しいものではないようだ。でも「山塊縦走」という言葉に強く惹かれるものを感じて、姫路に出掛けることにする。



幸いかなり詳しい地図を入手でき、JR山陽本線で姫路の西隣となる英賀保駅からスタートする。黒田官兵衛が海から攻め寄せた毛利の大軍を撃退したことで知られる古い町だ。



英賀保駅から15分ほど歩いたところに、登山口がある。山の形を見たときから覚悟はしていたのでけど、いきなり急な階段が延々と続いている。



貯水タンクを過ぎると階段も終わり、雑木林のなかの林道が続く。グーグルマップには、この山塊の南半分には、「井ノ口山城」と呼ばれる城があったようで、3つの曲輪跡が記載されている。確かに山城に適した地形に思えるけど、グーグルで検索しても「井ノ口山城」の情報はほとんど得られず、曲輪跡らしきものも確認できない。



そこそこ見晴らしのよいポイントがいくつかあり、ベンチも置かれている。よく見るとごく最近、町を見下ろす展望ポイントの樹木を伐採したばかりのようだ。



樹々を通して、苫網山塊の西側を流れる夢前川を見下ろすことができる。河畔の桜がここからでも楽しめる。東西に走る自動車道(姫路バイパス)が、この山塊の下をトンネルで通過しているようだ。



苫網山に近づくと、尾根道には岩が露出している。小野の紅山とか、高砂の高御位山とか、播磨地方の岩山には随分怖い思いをさせられたことを思い出すけど、この程度の斜度であれば、むしろ快適だ。尾根を越える風が心地よい。



それにしても、この岩は何だろうか・・・。黒いから泥岩かな、玄武岩かな・・・? ブラタモリを見る度に、地学の基礎を勉強したいと思いつつ、未だに火成岩と堆積岩の見分け方さえままならない。



苫網山の山頂から姫路市内を展望する。姫路城の眺望は左側の山に遮られているけど、白浜・妻鹿方面がよく見渡すことができる。妻鹿の北側にある御旅山、仁寿山、小富士山と言った山々も山塊のように思える。一度歩き回ってみようと思いながら妻鹿城跡までしか登ったことがない・・・。



頂上で出会った地元のハイカーによると、苫網山の頂上には、かつて電波塔だか反射板だかがあったらしいが、最近撤去されて、一気に眺望がよくなり、多くの登山者が訪れるようになってきたそうだ。それに伴って、地元の方々が、最近、樹木の伐採や道の整備、そして案内標識の設置などに手を入れておられるそうだ。



縦走路だけに当然のことだけど、登っては下り、下りては登るの連続。標高の割には体力の消耗が激しい。ロープを伝ってズルズルと滑り降りるようなところも多く、足よりもむしろ肩のあたりが疲れてきた。



3ヶ所で陸軍省の石標を発見する。裏面には「第二十号」と書かれている。姫路城が戦前陸軍歩兵連隊が置かれていたことと関係あるのだろうか。高射砲の基地でもあったのかもしれない。



姫路沿岸部の火力発電所からの送電線が南から北に向かって伸びている。「登ってはいけません」との注意看板が掲げられているが、そう言われてみると、周囲には桜が咲いているし、眺望は良さそうだし、逆に登ってみたくなるのが人間の心理のような気もする。



人工構造物があまり無いところだけに、鉄塔は表示板などを付けるには絶好のポイントにもなっているようだ。つい最近取り付けられたばかりと思われる真新しい標識も見られる。



ピンクや白の花を掻き分けて、次なるピーク、籾取山を目指す。周囲を町に囲まれた山塊だけに、分かれ道は多いのだけど、正面前方にある反射板が目印になって、大きく道を間違うことはなさそうだ。



反射板。設置者や目的は不明だけど、おそらくマイクロ波のようなものを無給電中継する装置だろう。表はピカピカとしているけど、裏から見ると何かの広告板のようでホントに上手く電波を中継できているのか不安にさえなる。無造作に建てられたものに見えるけど、きっと綿密な計算のもとで設計されているはずだ。



後ろを振り返ってここまで歩いてきた道のりを確かめる。右奥に見える山塊の端っこから、山を伝って籾取山までやってきた。全行程の7割ほどを踏破したことになる。



籾取山の頂上に「伏見宮貞愛親王殿下最蕨之跡」と刻まれた石碑があるんだけど、見事に3つに割れてしまっている。設置後100年以上も経っているので、折損していること自体に不思議はないのだけど、親王殿下がこんなところにワラビを採りにこられていたということ、そしてその程度のことで石碑が建てられていたということには驚かされた。



籾取山から鬢櫛山にかけて、さらに露出した岩肌を辿りながら進む。苫網山、籾取山、鬢櫛山と、誰が名付けたのかは知らないけど、趣を感じさせる雅やかな名を冠した山々が続いている。



鬢櫛山の山頂を制覇し、いよいよ山塊縦走の北端らしきところが見えてきた。あともう一息とも思うし、まだあそこまで歩かねばならないのか、とも感じる。気分の持ちようで目に見えるものが遠くにも近くにも感じられる。



山塊の端っこまでやってきた。高岡の町が真下に見える。ここから先に待ち受ける急坂に少々ウンザリする。急坂を上るはキツイけど、下りるのは怖いくて疲れるし、足腰へのダメージも大きい。



これまで縦走路のところどころには木の枝などにさりげなくテープが巻きつけられていて助けられたけど、下山口ももうすぐソコという所まできて、様相が変わってきた。何本ものテープが簾状に垂れ下がっているのだ。まるでゴールを祝福するかのようでもあるし、麓付近にありがちな半端な道に迷い込まないようにしているようでもある。



テープに導かれるまま歩いていくと、ここにきて大きな岩山を登っていく羽目になる。これが正しい道なのかぁ?しかも、その後の下山ときたら、足元の悪い急坂で、ときに立木に捕まりながら、ときにお尻から滑り落ちながらの難路の連続。あのテープは上級者向けコースの目印だったのではとさえ感じる。



JR姫新線の播磨高岡駅から帰路につく。出発点の英賀保駅同様、ここも姫路駅までわずか1駅だ。単線の姫新線だけど、播磨高岡駅は行き違いのためプラットホームの長さ分だけ複線化されている。



本日の歩行軌跡。わずか7kmあまりだったけど、結構歩きごたえのあるコースだった。帰宅後ネットで他の方々の歩いたマップを参照してみたが、やはり播磨高岡駅への下山ルートはずいぶんと異なった道を辿ってしまったようだ。



晴天のなか、眺望を楽しみながらの岩肌歩きで予想以上に楽しめた。何人ものハイカーに出会ったけど、何故かその全てがご同輩の中高年男性ばかり。単独で歩いておられた地元ハイカーもおられて、この山塊の縦走路の昔話や現在の取り組みなど、興味深いお話を伺うこともできた。