精華町&学研都市(3社沿線クイズ&スタンプラリー②)

2018年2月25日(日)


近鉄・阪神・山陽3社沿線スタンプラリーも9コース目。精華町と学研都市を巡るコースだ。失礼ながら既存コースの転用など手抜きが多い近鉄にしては珍しい新作だ。学研都市ばかりが有名な精華町だが、史跡なども織り交ぜ、新旧の精華町を楽しめそうだ。



近鉄新祝園駅。これまで「ほうぞの」だと思っていたが、正しくは「ほうその」と濁らないと今さら知った。京都府南部でJR片町線(学研都市線)と10kmほど並走している近鉄京都線の駅だ。ここでも近鉄・JRは50mほどしか離れておらず、双方の駅舎は陸橋で連結されている。



近鉄とJRの間の幅50mほどの土地が気になる。駅の傍では駐車場や商店になっていたが、駅から少し離れると農地や空地。何とも使い勝手の悪い土地だ。どうして完全に隣接させなかったのだろうか。




地図に従って、来迎寺というお寺に立ち寄る。開基は例によって行基。一体いくつの寺を作っているんだぁ?境内には近松門左衛門の「心中宵庚申」のお千代・半兵衛の墓がある。曽根崎心中同様、実話に基づく浄瑠璃らしい。



戦時中、鋳造後300年未満の鐘は金属供出の対象になったらしい。この鐘は当時300年以上だったが、自主的に供出したようだ。しかし幸運なことに鋳潰されることなく、戦後この寺に戻ってきたらしい。



「河井寛次郎の足あと」と書かれたウォーキングコースの表示が見られる。精華町のHPを調べると、なかなか面白そうで丁寧なウォーキングマップがいくつもある。川井寛次郎とは大正時代の京都在住の陶芸家で民藝運動の提唱者。この地がお気に入りでよく訪問していたらしい。



釈迦の池。川井寛次郎が、この池の美しさを機関紙「民藝」に紹介したそうだ。鴨の群れが羽を休める長閑な池だが、特段の美しさは感じられない。当時とは随分風景も変わっているのだろう。



「遺跡の杜」と名付けられた公園にやってきた。山を切り開いてのニュータウン開発と遺跡発見は付き物で、ニュータウンには遺跡資料館が設置されていることが多いのだが、ここはちょっと違うようだ。



公園内の案内表示に、遺跡はこちら、と示されているだが、どうやら遺跡発掘の跡はすっかり埋め戻されていて、ただの公園になっている。



 けいはんな学研都市のめいんすとりーと、精華大通り。歩道がメチャクチャ広い。いかに土地がタップリあるとはいえ、車道より広い、幅20m以上というのは驚きだ。LCRでも走らせるのか、緑地帯を分厚く作るのか、何か構想があるに違いない。


いろいろと物議を醸した「わたしのしごと館」はあらたにオープンイノベーションの拠点として活用されている。この巨大な建物がうまく使いこなせているのだろうか。



けいはんな記念公園に初めて入場する。有料ゾーンになっている池のある辺りは塀越しに覗き込むだけで素通りする。いずれゆっくり訪れたい。



 無料解放ゾーンだけでも相当な広さで、十分楽しめる。今年初めて梅の花を見ることができた。



人工的に造成された都市だけに、けいはんな学研都市のゾーニングははっきりしている。飲食店ゾーンには、飲食店しかなく、ロードサイドレストランの常連店が軒を連ねている。



学研都市の中核となっている「けいはんなプラザ」。ホールやホテルなどが入っている。このあたりでは広い歩道の真ん中は水路になっているが、水は流れていない・・・。



マップに従って住宅ゾーンを突き抜けて歩く。あまり面白みのない戸建て住宅の間をテクテク歩くが、マップにはこの先何があるとも書かれていない。



歩き続けると、感じのいい遊歩道になっていく。これはウォーキングにはいい道だ。でもマップには何の紹介もない。これでは、けいはんなプラザ辺りで、折り返して帰っていく人が多いのではなかろうか。



マップに忠実に歩き、結局、な~んにもない交差点で折り返す。マップのなかで紹介されている洋菓子屋が近くにあるが、この洋菓子屋まで歩かせたかっただけなんだろうか。洋菓子屋から何かリベートでも貰っているのでは?と疑う人も出てきそうだ。



一般的には学研都市と呼ぶが、正確には「文化学術研究都市」。しかし実際には、文化の色は薄く、研究の色彩が濃いように思える。広大な敷地と分厚い緑地帯を有した研究施設ばかりが目立つ。



 企業研究所の前庭にUFO型の東屋が見られる。UFOではなく、何かの電気機器を模したものなのかもしれない。おそらくこの会社の技術開発のシンボル的存在なんだろう。



道路の縁石でさえ何だか科学的な何かを模しているように感じてしまうが、何を表しているのか判らず終い。ちょっと考えすぎで何の意味もないものなのかもしれない。



京奈和自動車道を渡る。随分長い年月が掛かったものだが、京都~奈良~和歌山の大部分は開通しているようだ。



稲植神社。京都の八坂神社の元(元祇園)と呼ばれる古い歴史を持つ神社なんだそうだ。



立派、というより頑丈なつくりの鳥居だ。ここまで鳥居の主柱をしっかりと支えているものは、あまり見ないように思う。



精華町役場。町の規模に対して、随分と立派な役場だ。けいはんな学研都市からの税収のせいかもしれない。あるいは近隣市町との合併を見込んで作られたものなのかもしれない、などと想像を巡らす。



本日の歩行軌跡。パンフレットのマップに記載どおり、11km。



地図を見ていて気になるところを発見。「陸上自衛隊祝園弾薬支処」だ。戦前戦中は東洋最大の弾薬庫として知られたところらしい。

冬の赤目四十八滝

2018年2月18日(日) ②


名張でひと歩きした後、赤目四十八滝に向かう。AKB48が世に出てきた際に、AKAME48との類似性を感じたものだが、テレビなどでも誰もそれに触れる人を見かけなかった。赤目四十八滝がそれほどマイナーとは思えないのだが・・・。



近鉄赤目口に到着。滝に向かうバスに乗るための行列を収容する長~い待合がある。しかし冬はオフシーズンなのか、バスの本数も少なく、他にバスを待つ人はいない・・・。


 バスに乗ること10分ほどで赤目滝に到着。驚いたことに川が凍結している。ということは、この上流にある滝も凍っているのかぁ?それとも氷の下を川の水は流れているのだろうか。気温は高いが、昨日の三峰山登山の装備があるので、多少凍っていようが、雪が積もっていようが、大丈夫のはずだ。



  冬季のせいだろうか、ビジターセンターでは滝巡りより、忍者体験の方をウリにしているようだ。赤目滝は伊賀忍者が修行したところと伝わるが、体験用に用意された色とりどりの忍者衣装を見れば、かつての忍者たちはビックリするだろう。



トイレのサインも忍者。



滝の入口は「日本サンショウウオセンター」になっている。入場料が400円。滝や道を整備するための費用だと思えば、高いものではない。



 サンショウウオの見学は後回しにして、早速滝道に入る。入口には赤目牛の石像がある。地名の由来となった赤い目をした牛だ。



赤目五瀑と呼ばれるメジャーな滝が5つある。そのひとつ不動滝がまず現れる。なかなかの迫力だ。滝の周囲が凍っている。昨日の三峰山登山、そして早朝の名張散策で、結構疲れているはずなんだけど、滝のパワーが体に染み込んでいるのか、元気いっぱいだ。



明治の中ごろまでは、この不動滝の奥には立入が許されていなかったそうだ。今は川に沿ってしっかりとした遊歩道が出来上がっていて、両岸ともに見上げるほどの渓谷の中を歩いて行くことができる。



実は赤目四十八滝にやってきた主目的は赤目五瀑ではなく、マイナーな大日滝を見に行くことなのだ。情報によると、この冬の寒さで完全氷瀑となっているらしい。もっとも大日滝に行くのは容易ではなく、川を渡渉して、ロープが張られた急坂を100m近くよじ登っていかなければならない。



喘ぎ喘ぎ坂をよじ登っていき、ついに大日滝にご対面。わずかに水が流れているところもあるが、高さ30mの完全氷瀑といっていいだろう。見事なものだ。



遠目に全体を見ても見事だが、近寄って部分的に見ても美しい。瞬時に凍結したわけではなかろうが、そう見えてしまうほど、あるところでは流れるように、またあるところでは撥ねるように、水の動きそのままに氷結している。



大日滝だけでもう十分満足したのだが、帰りのバスまで時間があるし、体力的にも余裕があるので、さらに上流を目指して歩いていく。千手滝だ。水の流れが、岩にぶつかりながら、何本もの水流に分かれて落水していく。



3月から11月の間、「赤目滝ではスタンプラリーが開催されていたようだ。期間外なのだが、スタンプ置き場は常設のしっかりしたものがあり、台紙もスタンプもある。何ももらえないことは判っているが、スタンプがあると滝を巡るモチベーションアップに繋がるものだ。



滝を巡る、というのは、あまり適当な言い方ではない。ひとつの川に何十もの滝が直列に連なっているわけだから、川の上流に向かってどんどんんと坂を登っていかなければならない。階段も整備されていて危険は無いのだが、鉄の手摺がやけに冷たい。



柱状摂理というのだろうか。川の両岸には四角い岩が積み重なるように立っている。



布曳滝。千手滝とは対照的に、一条の布を掛けたような細い滝だ。



同じ川なんだから、どの滝も水量は基本的に変わらないはずで、滝の幅は細いだけに水流は速い。これほどの水流のジェットスライダーはどこのプールにもあるまい。



百畳岩。川にゴロゴロと岩がある。岩に半ば閉ざされた水域は氷結していて、子供たちがスケートのマネなどして遊んでいる。冬季オリンピックに触発されたのかもしれない。



よく見ると川の両岸の巨大な岩は、地表から浮いているところが見られる。ということは、隆起してきたのではなく、上から落ちてきたのだろうか。川の中にある岩もそうなのかもしれない。



道端にある、滝とまでは言えない水流も見事に凍って氷柱となっている。容易に割れそうに見えるのだが、とても固くて分厚くて、叩こうが蹴ろうがビクともしない。



 ところによっては、道を塞ぐように水流が凍結している。上流に進むにつれて、道も凍結しているところが増えてきた。



荷担滝。「にない」の滝と読むらしい。パンフレットには渓谷髄一の景観と紹介されている。周囲には三脚を立てて撮影するカメラマンが何人もいた。



この程度の落差の滝でも名前がついている。階段滝だ。そもそも赤目四十八滝というが、48あるのではないようだ。48は「たくさん」との意味らしい。その点AKB48にも通じるところがある。



琵琶滝。赤目五瀑最後の滝だ。さらに進むと岩窟滝というのがあるようだが、道の氷結がひどくなってきたし、帰りのバスのこともあり、ここでUターンする。


来た道をそのまま歩いて帰りバス停へ。さすがに帰路は基本的に下り坂なので楽ちんだ。滅多に乗ることのない三重交通バスで再び赤目口駅に戻る。



滝まいりスタンプラリー。5つ目のスタンプは、滝入口付近の売店でもらえるようだが、この季節、売店はほとんど店仕舞いしている。



本日の歩行軌跡。全く同じ道を行って帰ってきたのに、微妙に線がずれている。渓谷のなかということでGPSが届きにくかったのかもしれない。



人も適度に少なく、ヒンヤリ感は厳しいものの、そのおかげで爽快に歩けた。氷瀑も見事で言うこと無し。他の滝にもいっぱい元気をもらえた。冬の赤目四十八滝、お勧めのスポットだ。

昨日の三峰山登山に続いて、今日は名張で10km、赤目で10km、計20km歩いて、さすがに疲れたけれど、心地よい疲れだ。先週の三峰山登山翌日は疲労でフラフラだったのに、今週末はよくやったと自画自賛してしまう。