【当選】丸型ポストオリエンテーリング

 2021年10月20日


7月に川西・伊丹・尼崎の三市内を炎天下のなか歩き回って12の丸型ポストと15の郵便局を巡ってをコンプリートした「丸型ポストオリエンテーリング」の表彰状(左)と「風景印帳」の達成記念証(右)が送られてきた。



コンプリートのご褒美として、3枚の丸型ポストの絵葉書が2セット同封されていた。おそらく丸型ポストオリエンテーリングと風景印帳のそれぞれに対して1セットずつ送られてきたようだ。



絵葉書の表面には丸型ポストと風景印が描かれている。なかなかお洒落な絵葉書だ。



更に記念品として、小さな丸型ポスト型の貯金箱も頂戴する。ちょっと背が低すぎて実用的ではないけれど可愛い。



そしてもうひとつ、丸型ポスト型のメジャー。これもなかなか可愛い。タイトルには【当選】と書いたけれど、達成者全員に配られているものなのかもしれない。



これまで様々な機会に戴いた丸型ポストグッズも、かなり充実してきた。







御嶽山清水寺(加東市)

 2021年10月18日


推古天皇と聖武天皇の勅願により建立されたという古い歴史を持つ播州清水寺に向かう。もっとも清水寺は標高552mの御嶽山の山頂近くにあり、参拝のためにはちょっとした登山が必要だ。



もっとも自動車道も整備されているので車での拝観も可能。道には有料道路のゲートのようなものがあり、1人500円の入山拝観料を支払う必要がある。



ゲートの傍に登山者用の入口がある。この道で歩いていくなら入山拝観料は不要なのだ。



杉林に囲まれているため眺望は全くないけれど、九十九折になった緩やかな道は快適だ。しかも随分と涼しくなって、そのせいか虫などに煩わされることもなく歩きやすい。



道は緩やかだけれど、路面は結構ゴツゴツとしている。とはいえ、トレッキングシューズでなくとも楽に登っていける。登山をしているという感覚もなく、清水寺に向かう道をのんびりと進んで行く。



登山口から一丁ごとに石標が立っている。いくつかベンチもあり、ところどころには手摺りもある。要所には側溝もあるので、降雨時でも問題なく登れそうだ。最高レベルに整備された登山道だ。7~8歳と思われる子供達も元気に下山してきた。



頂上に近づくにつれ、岩ごつごつの道は、根っこでごりごりの道へと変わるが、登山口から下りがまったく無く緩やかな登りが続く。ゆっくり歩いているせいか、まるで汗をかかない。



清水寺へと続く最後の階段にやってきた。階段の下に「右 法華山」の道標がある。法華山とは西国三十三所の二十七番札所の法華山一乗寺(加西市)のことのようだ。二十六番札所の御嶽山清水寺から歩けば20㎞くらいはあるはずだ。



長い階段の脇には、古い石垣が多く見られる。清水寺は100年ほど前の火災であらかた消失してしまい、ほとんどの建物は大正時代に再建されたものだけれど、石垣はそれ以前のものが多く残されているようだ。



階段を登り終えたところに、「山の上の引退ポスト」の案内板がある。インスタ映えするとのことで、このポストを目的に清水寺にやってくる人も多いと聞く。



今もよく見られる戦後製の「1号丸型」ではない。おそらく大正から昭和初期のポストだ。郵便取出口に多くの賽銭が置かれていることには違和感を覚えるが、鮮やかな紅葉の時期になれば、くすんだ赤色ポストは逆に渋く深い熟成感を発して存在感を一層増すに違いない。



ポストだけではなく、周囲の建物にも渋みを感じる。いぶし瓦には「播磨国」「御嶽山清水寺」の文字が見える。淡路産が有名な「いぶし瓦」だけれど、播磨にも多くの瓦屋さんがあったはずだ。



聖武天皇の勅願で建立されたという大講堂。紅葉のシーズンになれば夜にはライトアップされるという。



大講堂の正面にはモミジの木が多いけど、側面にはイチョウの木が並んでいる。秋が深まれば、すばらしい光景になることだろう。ただ、今は落果したギンナンの匂いがたちこめている。



大講堂の前に、加東市が開催中の義経伝説スタンプラリーの看板がある。搦手軍を率いて一の谷合戦へと向かう義経が、三草山合戦などで平家軍を退けながら現在の加東市を行軍したことに因むもので、市内15ヶ所にスタンプポイントが設けられている。



看板の画像にスマホをかざすと、イラストスタンプがゲットできる。弁慶がこの清水寺で囲碁をした際に、負けた悔しさで叩きつけ黒石が碁盤にめり込んだ、という逸話を基にしたものらしい。この碁盤は今も清水寺に残っているそうで、一度見てみたいものだ。




引退した丸ポストの後任?と思われる、新型の角型ポストがある階段を登って根本中堂へと向かう。



根本中堂。こちらは推古天皇の勅願所だという。ここでもイラストスタンプをゲット。どうやら源義経らしい。ゲットしたイラストは、写真に重ね合わせることができるようになっている。



多宝塔跡。大正初期の火災の後に再建されたものが、昭和40年の台風で大破してしまったらしい。今は礎石や基壇は残るばかりだけれど、再々建の計画はあるのだろうか。




清水寺からもうひと息登って、御嶽山の頂上を目指すが、山頂があると思われる雑木林に道らしきものはない。無理やりGPSが示す頂上方面へと進んで行くが、山頂標識らしきものは見つからない。ここを山頂としよう。



薬師堂で3つ目のイラストスタンプをゲット。これは義経なのか、弁慶なのか…。今風のイケメンにデフォルメされて、なんだかピンとこない。イラストスタンプは10人ほどの作家が分担して描いているという。




清水寺でゲットしたスタンプは3つ。5つ以上集めれば特製ポストカードが貰えるらしい。あまり魅力を感じない賞品だけれど、それよりもスタンプポイントの多くが義経伝説と無関係の集客施設・商業施設になっていることが参加モチベーションを削ぐ。



西国16番札所も清水寺(京都)なので、こちらは播州清水寺と呼ばれることが多い。それよりも気になるのが、看板の英訳。札所が"designated temple"となっているけれど、これでは指定文化財みたいだ。無理な英訳よりも"fudasho"の方がいい。



自動車道を歩くことは禁止のため、登ってきた道をそのまま下山。所要時間2時間、距離3.5㎞、獲得標高360mほどの、程よい山歩きだったけれど、やはり多少混雑していても紅葉のシーズンに来るべきだったと思う。





感状山城(相生市)

 2021年10月12日 ②


YAMASTAの「兵庫・西播磨の山城 城攻めトレッキングスタンプラリー」も7城を制覇し、残るは感状山城のみ。未踏破の三濃山まで縦走するつもりだったけれどヒルがいなくなるまでは難しそうだ。そこで利神城ツアーの帰路に感状山にだけチョコっと登ることにする。



羅漢の里の入口から感状山へと向かう。せっかくなので羅漢石仏にもご挨拶したいけれど、時間もないし、体力も残り少ない。チョコっと感状山まで登るといっても、山頂まで往復1時間半ほどは掛かるはずだ。



1年振りの感状山だけれど、上月城や白旗城と同様、登山者カウンターが新たに設けられている。一体どれくらいの人が登っているのだろうか。既に15時を過ぎているせいか、周囲には人の気配はまるで感じられない。



登山口にはヤマビル注意の貼り紙がある。これって、去年あったのと同じ貼り紙だ。しかも同じ場所に吊られている。まさか年中ヤマビルがいるんじゃないだろうな、と勘繰ってしまう。



登山口から長い長い九十九折れの階段が続く。登山道が整備されていることは有難いけれど、南北朝時代、赤松が新田を迎え撃った頃の雰囲気を感じ取れないのは残念だ。



長い階段に気持ちも体もゲンナリしてしまうが、続いてはゴロゴロと石が転がる山道が始まる。こんな道の方が城攻め気分にはなれる。



頂上が近づくにつれ、古い石垣が現れ始める。感状山城の素晴らしいところは、何といっても古い石垣がとてもいい状態で残されているところだ。



見張り台と言われる岩場までやってきた。かつては麓を見渡すことができたのだろうけれど、今では樹木が生い茂り、見晴らしのよい場所ではなくなっている。




岩の多い道を登り、ようやく平らなところにやってきた。Ⅲ曲輪(ローマ数字を使っていることに違和感があるが)だ。ここだけでも数百人規模の兵を収容できそうな広さがある。



あまり標高差の無い尾根伝いに曲輪を並べている城とは異なり、Ⅲ曲輪からⅡ曲輪、Ⅰ曲輪へと向かうためには、さらに険しい坂を登っていかねばならない。



相変わらずゴツゴツとした岩が露出する道が続くけれど、さほど急なものでも危険なものでもない。この程度の山道が今の体力・技術レベルでは丁度いいと感じさせてくれる楽しい道だ。



木々の隙間のアチコチに石垣が見える。戦の絶えなかった時代に急いで築城したもののはずなのに、よくまあ700年もの間、風雨や地震にも耐えて崩落せずに残っているものだと感心してしまう。



休まず歩き続けて、ようやくⅡ曲輪。北と南の2区画に分かれている。ここも広い平坦地で、やはり数百人規模の兵を余裕で置くことができそうだ。



あとひと息。Ⅰ曲輪(本丸)へと向かう最後の坂を攀じ登っていく。



登り始めて40分で感状山(305m)の頂上に到着。ここがⅠ曲輪となる。海沿いの工場地帯の煙突まで良く見渡すことができる。昨年10月に登った際には、ここで既にヒルにやられていたけれど、今日は大丈夫そうだ。



山頂で感状山城のデジタルスタンプもゲット。石垣の上にいるのは赤松円心だろうか。きっと足利尊氏から貰った感状(表彰状)を読んでいるところなんだろう。



おお、ついに、YAMASTAスタンプ帳に8城のスタンプが埋まった。スタンプゲットの日付ばかりか、秒単位の時刻までが残されている。



山頂で10分ほどノンビリして、さっさと下山。いずれ近いうちに三濃山への縦走のために、再びここまで登ってくることになるはずだ。ヒルがいない来春あたりになるだろう。



歩行軌跡。登山口から山頂まで最短経路の往復。歩行距離は1.5㎞、所要時間は1時間14分。この程度の山でも時速1㎞で登るのは結構大変だ。



缶バッジを貰うために立ち寄った相生の観光案内所への8城コンプリート者の来訪は初めてとのことで、係の女性陣から大いに褒めたたえられてしまう。おそらく比較的アクセスの良い感状山城を最後に残す人は少ないのだろう。照れちゃうけれど、悪い気分ではない。




これで8つの缶バッジが勢ぞろい。ウォーキングやスタンプラリーなどで貰った100個をゆうに超える缶バッジやピンバッジは、使われることもなく箱の中に溜め込まれているだけだけれど、それぞれが大切な思い出になる。



YAMASTAのコンプリートトロフィーもゲット。申請すれば認定証とピンバッジが貰えるはずだ。