三島宿~吉原宿【東海道五十三次 -8】

2019年12月27日(金)


前回の東海道五十三次ウォークから半月も経っていないが、再び三島に戻ってきた。米国の初代駐日公使ハリスも宿泊したという世古本陣跡からスタートだ。



三島は、ここまでの宿場町と比べると「元宿場町」をあまりアピールしていない。ちっちゃな本陣跡のモニュメントがあるくらいで説明板などもあまり見られない。その一方で、メインの通りには祝日でもないのに日の丸の掲揚が目立つ。



時の鐘。梵鐘はかつてのもののようだけど、鐘楼は近年のものだろう。三島宿に明六つ、暮六つの時を告げていたというけど、毎日、夜が明ける前から起きて日の出とともに鐘を打つというのは簡単ではない任務だ。寝坊しないものなのか。



三島市から駿東郡清水町に入る。伊豆国から駿河国に入ったことになる。静岡県にはかつて清水湊で知られる清水市もあった。今は静岡市と合併してしまったけど、同じ県内に清水市と清水町が併存していたことになる。ややこしくなかったのかなぁ…。



玉井寺の一里塚。ガイドブックには「原型を残している」とあるが、ここまで何十もの一里塚(跡も含めて)を見てきたが、一里塚の標準型が未だに判らない。



八幡神社にやってきた。どこにでもある名の神社だが、ここは通称、対面石八幡神社と呼ばれる、ちょっと特別な神社なのだ。



ここが源頼朝が奥州から参陣した源義経と対面したところ。奥の石に頼朝、手前の石に義経が腰を掛けて対面したらしい。この時はすぐに一軍を任せるくらい信頼するのに、数年後には対立してしまう。



拝殿に近づく自動的に扉が開く仕掛けになっている。こんな神社は初めてだ。でも、冬の神事の際などは賽銭箱の方から冷風が吹き込んでくるのを防ぐこともできそうだ。確かに参拝者が来たときだけ神殿の前の扉を開ければ十分ではある。



黄瀬川の東にある智方神社。大塔宮(護良親王)の御陵がある。意外にも質素なものだ。鎌倉幕府との闘いに誰よりも奮闘したのに、足利尊氏と対立し、阿野廉子に疎まれ、後醍醐天皇に見捨てられ、鎌倉に幽閉され、ついには足利直義に殺害された。気の毒でならない。御陵と言われるところは他にもいくつかあるようだ。



「従是西沼津領」の石標がある。気が付かないうちに沼津市に入っていた。



加納川を自然の堀にした沼津城は今や跡形も残っていない。川に沿った川廓通りが沼津城の外郭だったと思われる。この道の右側が城郭だったところで、本丸跡は公園になっている。沼津宿は三島宿以上に東海道旧宿場町の遺跡が残されていない…。



昼ご飯で食べた海鮮丼は美味しかったけど。沼津宿にはちょっとガッカリ。次の原宿に向けて歩き始めるけど、相変わらず目を引くようなものは少ない。
旧東海道を歩いていると、弥次喜多の文字やイラストが看板に使用されていることが多いけど、「いぬの部屋」にまで「弥次喜多さん左折」と誘い込んでいる。



沼津大塚のあたりを歩いていると、雲が切れ、富士山が姿を現していることに気づく。この後もさしたる史跡は無いのだけど、富士山を見ながら歩けるのならば、これ以上の動機付けは不要だ。



原宿まであと少し。白隠禅師誕生地とある。「駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山に原の白隠」とまで言われた天台宗中興の祖だ。



旧東海道は「興国寺城通り」という名前の道と交差する。この先に北条早雲が今川氏から預かった興国寺城跡に行けるようだ。その後今川氏を離れ、伊豆を攻めとり、戦国大名の先駆けとなった。興味津々だけど、2km以上も北にあって寄り道するには遠すぎる。



原宿に到着。今はさほど大きな町ではない。元宿場町なのに、今やこの周辺には宿というものがひとつも見当たらない。宿場町に関連する史跡もあまり見られない。



交差点で信号待ちをしていると、ビルのガラスに富士山が映っていることに気づく。こうなることを計算して、濃いめの大きなガラスを採用しているのだろうか。



旧東海道を少し離れて海岸にやってきた。東田子の浦というところだ。



防風林の役割を果たす松林が延々と続いているが、長年海風に晒されてきたせいか、松はすべて陸側に傾いている。



そして松林の向こうには富士山。冠雪の比率がちょうどいい。多くの絵に描かれる富士山と同様、三分の一ほどの冠雪になっている。



吉原宿にある妙法寺。かつて修験者が富士山に登る前に海岸で禊をしたのがこのお寺の起源らしい。



今はダルマ寺として有名なところ。高崎、深川と並ぶ日本三大ダルマ市が2月に催されるという。



徐々に日が暮れてきた。暮れ時の富士山もいい。アチコチで富士山の写真を撮ってきたけど、どんな景色と組み合わせても絵になる。コンビニの上に富士山という構図だって十分成立していると思う。



本日の歩行軌跡。歩行距離は約23km。吉原駅に近い小さなビジネス旅館に投宿する。



道中、各自治体のマンホールも写真に収めてきたけど、この辺りのマンホールは図柄は違えど全て富士山。左上が清水町、右上が沼津市、下の2つが富士市だ。富士市以西もしばらくは富士山のマンホールが続くに違いない。