近江富士(三上山)探索

2019年12月7日(土)


近江富士とも呼ばれる三上山に登ることにする。新幹線の車窓から、琵琶湖畔から、美しいシルエットを見せてくれる三上山は長らく気になっていた山なのだが、最近登山マップを入手した。最寄駅のJR野洲駅からスタートする。



JR野洲駅から三上山の登山口までが2.5kmくらい。俵藤太が退治したという大百足は、あの三上山を七巻半もする長さがあったと伝わる。実際の三上山を目の当たりにして、あまりの大袈裟さな伝承に歩きながら苦笑いしてしまう。



途中、いろいろと寄り道したりして、小一時間ほど掛かってようやく登山口にやってきた。比較的なだらかな裏登山道もあるが、ここは表参道で正面突破を目指そう。



住宅の脇にある小さな階段が表登山道への入り口。つい見落としてしまいそうなほど目立たない。



しかし登山道は結構整備が行き届いている。道幅も広く、石段もある登りやすい道が続いている。おそらく近隣の方々が落ち葉等掃除などもされておられるのではないかと思う。



石段を登り切ったところに妙見堂跡がある。この地を納めていた三上藩(こんな藩があるとは知らなかった)の領主遠藤氏がここに創建したものだそうだが、自然に荒れ果て、放置状態が100年以上も続いてきたのだろう。



放置状態が続いたものだから、木造のものは倒壊し消失しても、石造のものは当時の場所にそのまま残されているようだ。文化二年の刻印が読み取れる。おそらく創建当時のものではなかろうか。



妙見堂跡を過ぎると、徐々に難路となってくる。鬱蒼とした林のなかを突き進んでいく。



割石というものが現れた。割れた岩の間を通り抜けて向こうに行けるようだが、超狭いぞ。「割石」と書かれた標識の下にご丁寧に「肥満度確認可能」なんて失礼なことが書いてあるが、肥満を早々に認めて岩を迂回する。



岩を迂回して出口からあらためて割石を確認する。ぜ~ったいに無理だ。生半可な気持ちで挑戦したら大惨事になりかねない。岩の間に挟まって身動きが取れなくなる可能性大だ。



標高があがるにつれ、岩場が増えてくる。さほどの急坂では無いが、油断できないぞ。気持ちを引き締めて登っていく。



高度があがると、近江盆地や琵琶湖を見渡せることができる。琵琶湖の向こうに比叡山(画面右端)もはっきりと確認することができる。



山の形から想像していたとおり、登るばかりの道が続いた末に標高432mの三上山に登頂。ゆっくりと登ってきたものの登山口から小1時間ほど。ここから下山して帰るだけでは滋賀県までやってきた甲斐がない…。



山頂でしばらく地図と睨めっこした結果、三上山の北側にある妙光寺山に向かうことにする。近くには摩崖仏もあるようだ。まずは登ってきた道とは逆方向の東側へ下る道を進んでいく。そこそこの急坂だ。



山の中腹まで下った後、三上山を周回する道を反時計回りに進む。表登山道では多くのハイカーが登っていたが、このあたりでは、誰ひとりとも出会わない。ちょっと不安だけし、技量も体力も劣っているのに、単独の山歩きが好きでならない。



周回路から北に分岐する尾根道を進む。振り返ると端麗な姿の三上山が見送ってくれているようだ。



灌木に囲まれた岩稜を進む。心地良い風のなか、小岩に腰を掛けて小休憩。一体どの方向に歩いていこうとしているのか、地図では理解していても、実際の道筋はさっぱり分からない…。


北尾根縦走路は高木がないため景色も良く、様々な奇岩、巨岩を楽しむことができる。岩のトンネルを潜って進んでいく。古代峠という、なんだかミステリアスな名前がついている。



北尾根縦走路と呼ばれる道だ。アップダウンが結構あるし、ザレ場も多く滑りやすいところも多い。体幹が不安定なのだろう。特に下りのザレ場で滑ることが多い。



ひたすら一本道。登っては降りるを繰り返す。だんだん鬱陶しくなってきたぞ。それに風が強く、寒くなってきた。



ようやく妙光寺山にやってきた。週末というのに三上山の山頂からここまで誰ひとりとも会わない。そんなに人気のない山なんだろうか。標高は低いけど、結構面白いハイキングコースだと思うのだけど。



妙光寺山からの急坂を下り、摩崖仏を訪問。とても丁寧に彫られたものだ。風化もないし、割と新しい時代に進んだ工具で制作されたもののように見えるけど、詳しくは判らない。



さらに北側の田中山まで足を延ばそうと思っていたのだけど、寒いのでヤメにする。いい加減な装備でやってきて上に羽織るものさえ無い…。野洲駅に戻って帰宅する。