2019年12月28日(土)
吉原駅で一泊した後、今日の目的地、由比宿に向かって歩き出す。昨日訪問した妙法寺が、かつて山伏たちが富士山登山前に海で禊をしたところと知ったが、その故事に由来するのか、「富士山へ、標高0からの挑戦」の道標プレートが路面に貼られている。
実は昨夜宿泊した吉原駅近辺(元吉原)は古い吉原宿。1639年に町を津波が襲い、その後3km近く離れた内陸部(中吉原)に移転された。まずは中吉原に向かって歩いていく。残念ながら曇っていて今日は富士山は楽しめそうにない。
名勝東海道左富士。わずかな区間、街道が北北東に向くところがあり、京に向かっているのに富士山が左に見えるところがあるという。現在の新幹線でも同じことが起こる。あり得ないと思った方向に富士山が見えたときの驚きはよく理解できる。
平家越の碑がある。ここが東国で挙兵した源氏軍と、それを殲滅するためにやってきた平家軍とが衝突した富士川の合戦の現場だ。平家軍は水鳥が急に飛び立ったのを源氏軍の奇襲だと驚いて、戦わずして逃げ出したと伝わる。
今の富士川は7kmも西を流れている。東海地方の川は暴れ川が多く、洪水を起こしては流域を変えていったと聞くが、7kmも川が移動するとは恐ろしいことだ。
岳南電車の吉原本町駅。富士市内を走るローカル私鉄の小さな駅だが、ここが中吉原の中心となる。
中吉原のメイン通りには、江戸時代初期に創業したというの古い旅館も残っている。清水次郎長が定宿にしていたところだそうだ。
宿場が移転したことも影響しているのかもしれないが、道がまっすぐになっておらず判りにくい。何度もうっかり分岐点の標識を見落とし、誤った方向に進んでしまう。
富士川の東岸に渡船場跡がある。急流すぎたり、川が深すぎると人足では渡河は難しかったのだろうか。渡船場跡の石碑の奥には水神社が鎮座している。
今では立派な鉄橋があり、歩いて富士川を渡ることができる。
富士川。川幅はかなり広い。川の向こうが富士山のはずだけど、裾野以外は雲に覆われてしまっている。
川を越えると間宿(あいのしゅく)岩淵。川越や峠越の手前の休憩場所として東海道にはいくつもの間宿がある。黒板の長い塀が続く「常盤家住宅主屋」に「西條少将小休」の札が掛かっている。調べてみると伊予西條藩の藩主が休憩したときのものらしい。小休(こやすみ)本陣と呼ぶそうだ。
岩淵の一里塚。比較的狭い道幅に、左右双方の一里塚が対面している。一対の一里塚を一枚に収めることができたのは初めてだ。
小さな和菓子屋さんで岩淵名物「栗の粉餅」をひとつ購入。茹でた栗の実を潰した粉を餅にまぶしたものだ。旨かった。もう一つ買えば良かった…。
国道は平坦な富士川沿いを走っているのに、旧東海道は山道を進む。富士川沿いの平地は洪水に晒されることが多かったのだろう。
山中を走る名神高速を陸橋で越える。新幹線は少し北側をトンネルでぶち抜いている。
名神高速を南に越えると、蒲原に向けて一気の下り坂となる。坂の上から駿河湾を望むことができる。
現地の案内板に導かれて北条新三郎氏信の墓に寄り道。桶狭間で今川義元が戦死すると、それまでの甲相駿三国同盟を破棄して武田信玄が今川領になだれ込んだ。その際、同盟を順守して蒲原城を守った北条氏信がこの地で討死したという。信玄が三国同盟を維持していれば、その後織田・豊臣に個別撃破されることもなかったのではないだろうか。
蒲原宿に入る。東木戸の跡だ。広重の浮世絵では夜の雪景色が描かれている。ほぼモノトーンという五十三次中でも異色の作品として有名。でも蒲原というところは温暖で滅多に雪など降らないとも聞く。
旧街道にはうろこ壁や格子窓の旧家が残る。三島宿以降、沼津宿、原宿、吉原宿と旧街道の面影が薄いところが続いたけれど、蒲原宿には往時の宿場の雰囲気が残されている。
漁港も近く、鮮魚店が多い。名物の桜エビやシラスとともに、しばしば見かけるのが「イルカスマシ」という謎めいたもの。茹でたイルカの背びれを薄切りにし塩漬けにしたものだという。一切れ食べてみたかったけど、大袋しかなく購入を断念する。
蒲原宿から次の由比宿まではわずが一里。1時間ほども歩くと、由比本陣公園に到着。長い木塀に囲まれた公園のなかに東海道広重美術館がある。
本陣公園の向かいに「正雪紺屋」という染物屋がある。なんと諸国浪人の力を結集し幕府転覆を図った慶安の変の首謀者、由井(由比)正雪の生家だという。悪役扱いされることが多い正雪だけど、相次ぐ大名改易など武断政治の犠牲者(浪人)たちの希望の星だったともいえる。
由比川。山が海岸線ギリギリにまで張り出している。向こうに見えるのが旧東海道の名所であり難所のひとつ薩埵峠だ。今日は桜海老料理を食べさせてくれる由比の民宿に一泊する。
本日の歩行軌跡。約21km。現状の体力レベルではこの程度が丁度いい距離だ。30kmになると次の日は歩く気が起こらなくなる。