藤枝宿~金谷宿【東海道五十三次-12】

2020年2月8日(土)


藤枝に一泊したものの、つい出発が遅くなってしまった。昔の旅人は日の出過ぎには宿を出たというけど、今でも特に日のあるうちしか行動できないウォーキングの場合、朝は早いに越したことはない。広重が描いた藤枝淑の問屋場は今では上伝馬交番になっている。



不動産屋さんのビルの脇に「東海道を旅する方へ」と題する表札が立てられている。休憩、トイレにビルを利用してほしいと書いてある。飲み物の用意もあるという。利用はしなかったけど、四国お遍路のお接待のような心遣いがうれしい。



朝の出遅れを取り戻すべく松並木が残る道を頑張って進んでいく。幸い天気はいい。



藤枝の名物は、染飯(もち米をクチナシの実で黄色く染めたおにぎり)と千貫堤(大井川の氾濫を防ぐ堤防)らしい。資料館があるので訪ねてみたけど、中に人はいるのに閉館中になっていたので入館を諦める。どうやらこれが千貫堤の跡らしいけどピンと来ない…。




島田市に入る。スーパーボランティア尾畠さんがここを通過したという手作りの記念碑が建っていて、1年前東京から地元大分まで徒歩移動した際、大群衆に取り囲まれ、大量の差し入れのためリヤカーを引く羽目になり、このリヤカーを押すボランティアが出て…、と本人の意図に反しての大騒動になり、浜松あたりで歩くことを断念したと聞く。



島田の市街地に入ると和菓子屋には川越まんじゅうといったものが売られていて、徐々に本日のハイライト、大井川が近づいてきたことが判る。



島田宿下本陣跡。島田宿は大井川の川止めなどもあるためか、上中下の三本陣がある。本陣のランクではなく、京側が上、江戸側が下となっている。下本陣跡は公園道路のような整備が施され、からくり時計なども置かれている。



大井神社。農耕に欠かせない水や土を運ぶ一方で洪水を繰り返す大井川の信仰に始まる神社のようだ。広大な境内の中には、島田の帯まつりの像がある。太刀に帯を掛けた大奴が練り歩くらしい。もとは嫁いできた花嫁が帯を披露してまわったことに始まるという。日本三大奇祭のひとつに数えられることもあるらしい。



島田宿からしばらく西に歩くと、いよいよ大井川だ。川の東側には、川越の手続きをする役所や川越人足の詰め所など、当時の町並みが保存・復元されている。野外ミュージアムのような空間が広がっている。



島田と対岸の金谷にそれぞれ600人以上も川越人足がいたそうだ。十軒もの番宿が並び、内部は資料館になっている。人形で再現された屈強な人足は、腰に二重廻しと称するふんどしを締めている。ふんどしの柄は「浪に千鳥」か「雲に竜」と決まっていたそうだ。



川越にはランクがあって、一番安いのが肩車。補助員がつくので2人がかりだ。お金がある人は蓮台を使うが、手すりの無いものは担ぎ手4人、大高欄連台という豪華なものになると担ぎ手16人から24人になるそうだ。人足ひとりあたり一枚の川札購入が必要になる。



水の深さによって川札の値段は毎日変わったらしい。水位が股より下なら48文、乳首の上、脇より下なら96文といった具合だ。脇より上になると川止めになる。合理的な料金体系とも思えるが、わざと深いところを通るようなことも横行したそうだ。



大井川の河原にやってきた。ゆったりとした流れだけど、深さはよく判らず、川幅は広い。とても歩いて渡河する気にはなれない。



水面ギリギリに視線を落とすと、さらにこの川を渡るのが結構危険なものに見えてくる。たとえ大高欄連台で渡れるとしても遠慮したい。



有難いことに今は立派な鉄橋があり、ものの数分で大井川を渡ることができる。現在では川が通行のボトルネックに感じることは少なくなったが、江戸幕府が軍事的理由から橋を架けなかったことはあらためて頷ける。



川を越えると金谷宿。仲田源蔵という人の石像がある。明治になって河川の渡船や架橋が許されると同時に川越制度が廃止され、人足たちは職を失った。そこで仲田源蔵は人足達を集めて牧之原の開墾をさせたという。現在牧之原に広がる茶畑が大井川の渡しと関係していたなんて、とても興味深い。



金谷側にも島田側と同様に、渡し場があり、やはり十軒の番宿があったようだが、今はその面影はあまり残っていない。



東海道五十三次とは時代が異なるが、ここ金谷での楽しみは、大井川鉄道。現在でもSLを定期運行している。SLがやってくるまで新金谷駅でしばらく待つことにしよう。



新金谷駅には転車台もあって、SLがその上に乗っている。これはこれで見て楽しいんだけど、やはり煙を吐きながら走っているSLを見たいものだ。



たまたま大井川鉄道がイベントを開催していて、お店も出て、様々な作業も見学できるため、SLが来るまでの時間潰しには事欠かない。興味深いのはレールを枕木に固定するために犬釘という太い釘を打ち込む作業。地味だけど、力強い作業に見入ってしまった。



新金谷駅で懐かしい車両に再会する。かつて沿線に住んでいた南海本線を走っていた特急車両がこんなところでまだ頑張っている。南海で走っていたのは、40年ほども前までだったように記憶している。



SLが新金谷駅に到着する時刻が近づき、踏切に移動して撮影のため待機する。念入りにアングルをシミュレーションしたうえで撮影したのがこの写真。駅に停車する直前なので、スピードが落しての惰性運転になっていた。



SL見学に随分な時間を費やしてしまったけど、金谷宿を見て回る。佐塚屋本陣の跡の案内板があるが、今も佐塚さんがここにお住まいのようだ。もっとも今は旅館ではなく、書店に商売替えをしている。



金谷宿にも3軒の本陣があったようだ。ここは柏屋本陣。今は島田市役所の支所やJAの支店になっていて、当時の面影は残されていない。



大井川鉄道の終点にもなっている金谷駅まで歩いて本日は終了。アチコチと見学ばかりして、歩行距離は18kmに留まった。