甲州街道(12)牧の原〜冨士見

 2023年6月20日


昨日ギブアップした牧の原を出発。かつて武田騎馬軍団を支えた牧場があったところかもしれない。山梨西端の教来石から先はしばらくバスもなく、鉄道からも離れた魔の県境越えとなる。長野県の富士見駅まで歩きたいけれど、ムリと思えば教来石で撤退するしかない。



中山主衛頭の墓があり、子孫の手による説明板が立っている。歴戦の勇者だったものが足を負傷した後は烽火台の隊長に転じたという。信玄の情報網を支えた烽火台ネットワークの実態に少し触れたことに加えて、戦国時代の人事異動としても興味深い。



七里あるとは判ってはいるのだけれど、七里岩は延々と屏風のようにそそりたっている。信州との国境に向けて地味な登り道が続くけれど、標高があがってきたせいか、3日前から続く猛暑が和らいでいるように感じられて歩きやすい。



標高は600mほどだというのに、河川氾濫による浸水が想定されるらしい。南アルプスからの大量の水が流れ込む釜無川というのは相当厄介な暴れ川のようだ。



甲州街道の一里塚跡の真新しい石碑がある。北杜市には宿場町の雰囲気が残る台ケ原があるせいか、この辺りでは甲州街道の整備が少しずつ進んでいるようだ。「甲府から7里なので七里塚ともいう」とあるけれど、この後八里塚、九里塚が現れるのだろうか。



台ケ原宿にやってきた。かつて大火に見舞われたことがあるそうで、本陣跡には火伏せで知られる秋葉大権現の大きな石灯篭が立っている。



古い酒屋や和菓子屋などが並ぶ情緒のある街並みが今でも保たれている。山梨県内では最も旧宿場町の雰囲気が味わえるところだ。



300年の歴史を持つ清酒「七賢」の酒蔵や奥座敷は開放されていて自由に見学できる。明治天皇の行在所ともなった邸宅が隣接する酒蔵には名高い白州の名水が水路で導かれている。ベンチなども置かれていて、甲州街道を散策する旅人にとってはとても有難い。



日本の道百選にも選ばれている風情のある宿場町だ。道の両側に古い商家や蔵が並んでいるけれど旧街道にしては道幅が広いように思える。かつて大火への対策として道を拡幅したのだろうか。



古い旅館もいくつも残っている。台ケ原宿は霊山への参拝のための講の一行が多く利用していたようだ。古い旅籠の建物を今も残す旅館の玄関には講札が掲げられている。それぞれの旅籠がいくつもの講の定宿となっていたのだろう。



「道の駅はくしゅう」に南アルプスの天然氷を使ってのかき氷が売られている。シンプルなものが900円以上もするけれど、南アルプスの天然氷なら当然だろう。食べる気マンマンだったのに、なんと閉店中…。



やむをえず、白州の名水を飲んで喉を潤す。もとが雪融け水だからだろうか、ミネラル分の少ない軟水だとのことだけれど、渇きすぎた喉ではその違いが実感できない…。



驚いたことに場違いとも思えるビーチバレーのコートがある。東京五輪の際にフランスチームがここで事前合宿したらしい。なんだか遊休化しそうな設備だけれど、さほど維持費もかからないのかもしれない。過疎地の活性化のためには悪くない投資なのかもしれない。



サントリーの工場が現れた。ウィスキーの白州や、南アルプスの天然水などを製造しているところだ。付近には日本酒の七賢もあるし、ワイナリーも多い。洋菓子のシャトレーゼの工場もある。白州の名水が様々な工場を呼び寄せているようだ。



山梨県最後の宿場町、教来石に到着。韮崎のバスはここまでで、この先20㎞先の茅野まで路線バスは無い。幸い体調はいい。今日中の帰宅のためのタイムリミットは10㎞先の富士見駅19時半。歩き続けることさえできれば全然大丈夫だ。無理することなく進んでいこう。



甲斐・信濃の国境付近にあった山口関跡。もともとは武田信玄が信濃口を見張るために設けた関所だそうだ。山口関の傍には江戸幕府が設けた番所跡もある。



甲府を出発して以来、街道の近くをずっと流れていた釜無川に架かる国境橋を渡ると、いよいよ信濃国、長野県だ。暑い日が続いたこともあり、さして大きくもないと思っていた山梨県の通過に8日も掛かったけれど、とても楽しかった。ありがとう山梨。



長野県最初の宿場町、蔦木宿近くには日蓮の遺跡や日蓮宗の寺院が多く見られる。身延山にいた日蓮がこの地の疫病退散の祈祷を行ったりしたそうだ。日蓮が座った石が今も大切に保存され、信仰の対象となっている。



何もない道を延々と歩いていくと、ついに畑の向こうに蔦木宿が見えてきた。すぐ近くのように見えるのになかなか到着しない。さすがに少し疲れてきたようだ。



蔦木宿の入口。ちょっと鄙びた雰囲気に見えるけれど、往時には15軒の旅籠を有していたらしい。



蔦木宿の本陣、大阪屋の表門が残っている。残念ながら母屋は30年ほど前に撤去されてしまったらしい。街道に沿って建つ家々には、かつてあった旅籠の屋号を掲げて、旧宿場町の風情を盛り上げている。



蔦木宿からさらに西へと向かう。日射しは強いけれど高原歩きのような快適な気温だ。この調子で行けば13㎞先にある金沢宿まで歩けるんじゃないだろうか、と思い始める。もともと今回の街道歩きでは中央本線の青柳駅に至近の金沢宿まで歩くつもりだったのだ。



国境を超えると下り坂になると思っていたのに、地味な登り坂がいつまでも続く。既に20㎞ほど歩いていて、さすがに疲れてきた。帰宅までのタイムリミットまではまだ時間はあるけれど、この辺りでやめておくことにして富士見駅へと向かう。



中央本線の富士見駅。標高は955mと中央本線では最も高い駅だ。駅舎の向こうには八ヶ岳が見える。タイムリミットより3時間早い16時半の列車で帰宅する。



歩行距離23㎞、獲得標高650m、所要時間は7時間20分。前日までの猛暑の中のヘロヘロ状態でのウォーキングとは異なり、しっかりと歩くことができた。