蘇武岳(豊岡市)

 2021年10月24日


以前から是非とも登ってみたかった蘇武岳に挑戦だ。案内板には歩行時間が6時間30分、難易度は中~上級とある。上級どころか中級にさえ達していないようなポンコツハイカーが太刀打ちできる山なのだろうか…。かつてない不安を胸にスタートする。



昨日来の雨が上がったばかりで路面が気になるけれど、できる限りの準備は整えた。水は2リットル、食糧も2食分、防寒着も雨具もバッチリ準備した。荷物は重いが、時間を十分に掛けて安全に歩いていけばきっと踏破できるはず。朝8時前に万場スキー場を出発する。



舗装路を15分ほど歩いて登山口に到着。昨秋、やはりポンコツには難度が高い氷ノ山や段ヶ峰に登ったときは大勢のハイカーがいたのに、ここでは殆ど人の気配が感じられない。植村直己や加藤文太郎が愛したことで広く知られる山にしては意外なほどに静かな登山口だ。



しばらくは緩やかな山道を進み分岐点にやってきた。いずれも蘇武岳に向かうけれど、往路は谷道の巨樹の森コースを選択。復路は尾根筋の大杉山経由とする。いずれも急坂だが諸先輩の記録を読むと、どちらの道にも「こんな激下りは御免だ」とのコメントが散見される。



分岐点を過ぎて間もなく渡渉個所が現れた。昨日の雨で水量が増しているように思える。なんと渡渉個所のすぐ横(写真右)は落差10mほどの「中の滝」の落ち口だ。転倒しようものなら滝壺転落は必至だ。登山開始早々、このコースの厳しさを思い知らされてしまう。



しかし無事渡渉を終えると、そこには鬱蒼とした深い緑の世界が広がる。岩も木も深い苔で覆われ、時の経過を忘れて眠っているかのようだ。スマホのカメラ程度では、この神秘的な世界を伝えることは不可能だ。



ところどころにある赤い印に導かれて谷を進んでいく。ガスっていたら、すぐに迷ってしまいそうな道だ。夫婦カツラと呼ばれる2本の古木が、巨樹の森の玄関となっている。この先、渓流に沿った深い谷のあちらこちらに樹齢何百年とも判らぬ巨木が多く見られる。



カツラ親分とか、トチの巨樹とか、名前が付いた見事な巨木も多いのだけれど、大きすぎてカメラのフレームに入りきらない。かといって一旦戻って全体を撮影するのもしんどいことだ。カツラ親分は根元だけ撮影して先に進む。



トチの巨樹を過ぎたところから、とんでもない急坂が続く。写真では伝わらないんだよなぁ…。雨上がりということもあって、枯葉も苔むした岩も滑りやすいけれど、一番厄介なのが所々にある粘土質の地面。登りであってもズルっと滑る。この道は下りたくない。



装着していたスパッツはずり落ちて使い物にならず、急坂で2度ほどズルっと滑って右膝は泥だらけになったけれど、無事尾根道まで登ってきた。金属製の古い案内板がブナの幹にめりこんでいる。「美津濃」とあるからミズノが商標を変えた昭和44年以前の標識のようだ。



尾根道に出てからも登りは続くけれど比較的緩やかなものだ。薄い葉を通して優しい光が差し込んでくるブナ林のなかを気持ちよく進んで行く。覚悟していたよりも早く巨樹の森を通過できたけれど、ようやく全体行程の3割弱。でも時間はある。ゆっくりゆっくり進もう。



さすがに尾根道になると、谷道と異なり昨夜の雨の影響はあまり残っていないようだ。ちょっとした急坂もグリップが効いて歩きやすい。



間もなく蘇武岳山頂のはず。斜面のせいか、風のせいか、すべての木が斜めになっているため平衡感覚が狂ってしまいそうな道を進んで行く。



山と高原地図の標準タイム(2時間45分)で標高1074mの蘇武岳山頂到着。YAMAPの標準タイム2時間15分には遠く及ばないけど、出来すぎだ。憧れていた芝生の山頂には誰もいない。360度パノラマの山頂を独り占めだ。頑張って登ってきた甲斐あって最高のご褒美だ。



山頂からは東西南北の全方向が見渡せる。北は日本海まで見通すことができる。西方向を撮影した写真の左端に兵庫県最高峰の氷ノ山もはっきりと確認できる。



まるでゴルフ場かと思わせるような芝生の上にしばらく寝転ぶ。暗い巨樹の森での独り歩きは寂しかったけれど、お日様の下で一人山頂の芝生の上に寝転がっているのはとても気分がいいものだ。



次第に後続ハイカーが登頂してきたこともあって、まだ11時を少し過ぎたばかりで名残り惜しいけれど30分ほどの休憩で下山を開始。帰路はこれまた急坂が待ち構えるという大杉山ルートだ。



大杉山ルートは巨樹の森コースよりも距離が長いうえに、蘇武岳から大杉山までの間に4つもの小さな山を越えなければならない。写真は一ツ山(別名金山)の山頂。この後、二ツ山、三ツ山、四ツ山と、登っては下るを繰り返す。



大杉山(1007m)山頂。この後の激下りに備えて足に疲れを溜めないよう極力ペースを落としてやってきた。出会ったハイカー坂の様子を尋ねると、ある人は道は濡れていないのであまり苦労しないだろうと言うし、ある人はあの激下りを長時間歩く気にはならないと言う。



山頂から少し下ると、山名の由来になったと言われる杉の巨木がある。やはり大きすぎて全体をフレームに収めることは困難だ。さあ、ここから尾根道の激下りが始まる。実感はないけれど足には既に相当疲労が蓄積しているはずだ。とにかく、ゆっくり慌てずに進もう。



そこから1時間以上、下りまた下りの尾根道が続く。痩せ尾根もあったけれど、幸い足元はしっかりしていた。カニ歩きとかペンギン歩きとか、ネットで勉強した下り道用の種々の歩き方を試すけれど、結局いつものへっぴり腰歩きへと戻ってしまう…。



9合目から4合目あたりまで続く急坂で、3度軽くコケたけれど大事には至らず。この程度なら上出来だ。4合目を過ぎて、ようやく周囲の木々の様子を楽しむ余裕が出てきた。羽根を拡げた鳥の姿そっくりの木を発見。尖った嘴や獲物を鋭い目付は怖いとさえ感じさせる。



徹頭徹尾、安全第一で時間をかけて下山し、14時頃に万場登山口に無事帰還。あとはスキー場の横をのんびりと歩いて帰るだけだ。往路では気づかなかった熊(猪?)の罠をじっくりと観察する。柿、ジャガイモ、サツマイモがたっぷりと罠に仕掛けられている。



本日の歩行経路。巨樹の森(地図右下)から蘇武山、大杉山と、時計回りの周回。距離は9.4km、獲得標高は960m。全所要時間は6時間45分。最大8時間かけて歩くことも覚悟していただけに大満足だ。何より無事に、そして予想以上に元気に下山できたことが嬉しい。



標高グラフ。往路の巨樹の森より、帰路大杉山からの下りの方が勾配は厳しい。その日の道のコンディションにもよるだろうけれど、個人的には巨樹の森を下る方が怖いと感じる。



しっかりと自分のペースを守って歩くことで、疲れ方がまるで違うことを今更思い知った。ほとんど他のハイカーの目を気にすることのない単独行だったので、どれほどスローペースだろうが、不格好だろうが、気にせず歩けたことが良かった。