小野市内散策(ひまわりの丘~浄土寺)

2020年7月22日


全国シェア70%を誇るそろばんで有名な小野市にやってきた。今日は久しぶりに小野の市街地を散策してみたい。



そろばんと並ぶ小野市の名産品は鋏、剃刀、鎌などの家庭用刃物。マンホールもそろばんと鋏を組み合わせたデザインになっている。そろばん玉をよく見ると4ヶ所に1990という数字が入っている。小野市での下水道供用開始年とのことだ。



誇るべき産業はあるものの地味な印象が強く、最近は市の花「ひまわり」を押し出している。コミュニティバスも全面ひまわりだ(冬でもひまわりなんだろうか?)。今日の散策のハイライトは38万本のひまわりが咲き誇っているという「ひまわりの丘公園」だ。



神鉄粟生線の小野駅からスタートする。駅の南北にロータリーがあり、いくつものテナントが入居している駅ビルは粟生線のなかでは指折りの規模だ。



が、駅前からの商店街は、かなり鄙びた雰囲気が漂う。古い道標もあったりして歴史のある通りであることは間違いなさそうだけど、開いているお店はごく数少ない…。



市役所を始めとする行政施設や大型スーパーなどは駅から1㎞ほど北に集中しているようだ。多くの溜め池があるせいか、市の中心部といえども密集感はなく良い意味での開放感が感じられる。なんだか車社会のアメリカにありがちな街の構造だ。



駅から北へ3㎞ほど広渡廃寺跡歴史公園にやってきた。廃寺跡というが、基礎部だけが復元され、整備された芝生公園のような趣だ。



ここに東西の両塔を有する薬師寺式伽藍を持つ大きな寺院があったらしい。7世紀後半に建築されたというから薬師寺と同年代だ。古文書にも記録が無く名前さえ伝わっていないという謎多き寺院だ。やむなく現在の地名である「広渡」と名付けているそうだ。



広渡廃寺跡から西に向かって汗をしっかりかきながら歩いていく。このあたりまで歩いてくると周囲は田んぼだらけだ。



駅から5㎞ほど歩いて「ひまわりの丘公園」にやってきた。子供の遊具や花壇のある公園と隣接した2~3万平米ほどと思われるエリアがひまわりでビッシリと埋まっている。残念ながら枯れた花も少なからず見える。訪問にはギリギリのタイミングだったようだ。



かなりの人が一面のひまわりを見るために訪問している。ひまわり畑の中には自由に入ることができるので、人が映り込まない写真を撮るのが結構難しい…。



絵に描いたように鮮やかな黄色だ。ひまわりの特性上どの花もほぼ同じ方向に花を開いているため、近写でも遠写でも画面は黄色で覆われてしまう。



ひまわりの丘公園。ひまわり畑が人いっぱいなのに対してこちらは閑散としている。でも花壇はよく手入れされ、洒落た休憩所や立派なタワーも建つ、いい感じの公園だ。



子供たちの遊具広場もある。写真右下の矢印は2mのソーシャルディスタンスを示している。これくらい離れて遊べ、ということだけど、子供たちには難しそうだ…。



ひまわりの丘公園からさらに西へ、共進牧場にやってきた。兵庫県下ではかなりメジャーな牛乳製造メーカーが保有している牧場だ。ありがたいことに柵の外からではあるけれど自由に見学できる。



牛たちは至って穏やかで、人の視線など気にもせず柵の傍で草を食んでいる。草を噛みちぎっているのではなく、どうやら草を引きちぎりながら食べているようで草毟りと同じ音がする。飽きることなく草と向き合い、長い時間地面と鼻が離れることがない。



併設されたレストランで、迷いに迷った挙句、結局牛乳とソフトクリームの両方ともを購入する。暑さで大汗を掻いた後ということもあるけれど、どちらも衝撃的に美味い。



浄土寺に向かい歩いていると倉庫の壁にスーパーマリオを発見。直接の商用目的ではないアニメキャラクターは街中で珍しくないけれど、Mであるべきマリオの帽子がR、LであるべきルイージがMになっている。微妙に著作権を気にしているようでなんだか可笑しい。



大きな道祖神の石像がある。道祖神は関東や信州、山陰に多く、近畿地方にはほとんど見られないと聞いていたのだけど、先日妙見口でも見かけたばかり。古いものは少ないかもしれないけれど、近畿地方でも新しい道祖神が増えているのかもしれない。



浄土寺にやってきた。本堂をはじめ多数の国宝や重要文化財を有することで有名な真言宗の古刹だ。ここを訪問するのは2度目。以前(15年ほど前)はハイキングマップの標準所用時間をどれだけ縮めることができるかばかり考えてほとんど素通りしていた…。



還暦も過ぎてマップの標準所用時間など気にもせず、ゆっくりと寺社を参拝し、史跡を鑑賞するようになった。ここも神仏習合の経緯があるのか、境内には立派な鳥居を構えた八幡神社がある。この本殿や拝殿も重要文化財だ。



予定していた訪問スポットを一巡りし、小野駅方面に向かって歩いていく。遠くに小野アルプスの山々が見える。「日本一低いアルプス」と自虐的なキャッチフレーズが付いているが馬鹿にできたものではない。特に紅山の恐怖の一枚岩登攀は二度とごめんだ。



次の電車まで時間があるので、駅南にある小野市立好古館を訪問する。この地域の歴史博物館だ。それにしても小野好古といえば、藤原純友の乱を鎮圧したことで知られる平安時代の人。小野市との関係はないように思うが、好古館って名前は偶然の一致何だろうか。



歩行距離は約12㎞。なかなか面白い町だった。惜しむらくは旧小野藩の名残がほとんど見当たらなかったこと。小田原北条攻めで落命した一柳直末の末裔が治めていた小藩だが、今は小学校になっている陣屋跡に石碑が立っているばかりだった。