シワガラの滝(新温泉町)

 2020年10月30日 ①


長い間訪問したかったシワガラの滝に出かける。兵庫県の北西端にある新温泉町の山中奥深くにある、知る人ぞ知る絶景の名瀑だ。昨年滑落事故発生のニュースを目にして以来、訪問を躊躇っていたのだけれど、意を決して挑戦だ。



訪問する人もごく少ない秘境だと聞いていたけれど、滝に向かう渓谷への入口には立派な標札が立っている。つい最近出来上がったもののようだ。駐車場も増設されている。どうやら最近訪問者も増えてきているようだ。



入口からまず長い階段で谷底へと下りて行く。このコンクリート製の階段も最近造られたもののようだ。



シワガラの滝までは、およそ1200mの道を30~40分かけて歩くことになるという。まずは静かな林の中を歩く緩やかな道でスタートするが、この後、相当な難路が待ち構えているとはずだ。人っ子ひとりいないと思われる秘境への突入で否が応でも緊張感が高まる。



注意看板が立っている。人はいないようだけど、ツキノワグマはいるらしい。マムシもいるし、ハチもいるという。やばい生物が勢揃いのうえに落石、増水など危険だらけだ。



山はすっかりと秋色に染まっている。扇ノ山だろうか。鳥取県はすぐそこのはずだ。



序盤はやや登り道だったが、中盤は激下りの道が続く。早朝に雨が降ったせいもあるだろうが、そもそも湧水の多いところのようで、道はぬかるんでいて滑りやすい。



写真ではなんということも無い道に見えるけれど、随分な下り坂が続く、鎖が無ければ、下まで一気に滑り落ちていきそうだ。古い虎ロープも残っているけれど、鎖の方が断然頼りになる。この鎖も未だ新しいピカピカのもので、最近設置してくれたものだと判る。



いよいよ沢に下りてきた。ここから正面の鬱蒼とした緑のなかに向かって沢を登っていくようだ。注意板には「長靴推奨」とあったけれど、今日の水位ではよほど上手く岩を伝っていかないと水没してしまうだろう。トレッキングシューズから担いできた長靴に履き替える。



清らかな渓流を長靴で進んでいく。夏ならば心地よく感じるであろうけど、とても肌寒く感じるのは気温のせいばかりではなく、心細さによるところが大きいのかもしれない…。



沢の途中にはロープで岩を攀じ登るようなところも現れる。沢に下りるまでは丁寧な案内板と真新しい鎖などが設置されていたのに、沢に入ると状況は一変する。何の案内板もないし、鎖も古いものだ。未だここまで手が回っていないのだろうか。



古い倒木で谷を渡らなければならない。倒木の表面は丸いし、苔むしているし、湿っているし、滑りやすそうなんてものではない。もっともここまで来て人工的な鉄の橋などが架かっていたなら興覚めしてしまうだろう。倒木を渡れば池を進む。水深は20㎝近くある。



もはやジャングルを進む冒険者のような気分になってきたところで、いよいよ秋というの緑色が濃い洞窟が見えてきた。背中がゾクゾクとしてくる。あのなかに滝があるはずだ。



恐る恐る水を掻き分けながら洞窟に足を踏み入れると、息を飲む光景が広がる。洞窟右側にある苔むした岩と岩の間から勢いよく水が流れ込んでくるのが見える。



滝の正面に回り込む。ついにシワガラの滝に対面だ。事前にネットに掲載されていた沢山の写真と比べても、水量はかなり多いようだ。奥深い山の深緑の洞窟のなかで滝の激流に対面しているとスピリチュアルな世界に浸っていくような気持ちになってくる。



洞窟の奥から出口側を見る角度で見ると、滝は全く違う色と形に見える。いつまでも見飽きることがない、まさに秘境の絶景だ。はるばる訪ねてきた甲斐があった。



滝壺のなかに踏み入っての撮影なので、当然立ちっぱなしだ。もし腰を掛けることができるところがあったなら、何時間でもこの場に留まっていたいと思ってくる。



随分長い時間、滝と洞窟を独占していたけれど、新たな訪問者が現れた。この素晴らしい場所を譲るときがやってきたようだ。なんと下関から車を走らせてきたそうだ。滝前での写真を撮ってもらい、この滝の凄さをしばらく語り合う。



写真でも判るように、滝に打たれるところまで近づくことは可能だ。問題は滝づぼの深さ、40㎝近いロング丈の長靴でも、滝から3mくらいのところまでしか近づけない。



後ろ髪を引かれる思いで洞窟を後にして、切り立った絶壁の底の沢を下っていく。



この渓流は単独行を愛した孤高の登山家、加藤文太郎の故郷、浜坂へと流れ込む。世界的大冒険家、植村直己も同じく但馬の出身だ。神秘的な大自然に囲まれていると、日本登山史に燦然とその名を留める2人の偉人がともに但馬出身というのは偶然でないようにも感じる。



もっとも2人の悲しい共通点は、ともに山で非業の死を遂げたということ。滝の余韻に酔いしれることなく、難路を安全に戻らなければやってきた意味がない。



下りで苦労した激坂も、登りでは無難に進むことができる。帰路は靴を履き替えることなく、長靴で歩いたが、あらためて長靴ってかなり歩きやすいことに気付く。滑りにくくグリップも効く。ここに来るなら、最初から長靴で挑むことをお勧めする。



シワガラの滝で既に大満足なんだけど、せっかくなので他の但馬の名滝も見てみたい。シワガラの滝の奥には桂の滝や霧ヶ滝があるが、いずれも相当危なっかしい道のようだ。比較的観光地化していそうな猿尾滝(香美町)と天滝(養父市)に行ってみよう(②、③に続く)